2022年9月 佐土原教会礼拝説教

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聖書箇所:マルコ福音書11章12~19節

 以前、NHKの番組で、東日本大震災時の福島第一原発の事故の様子がドラマ化され、再現されていました。番組を見て分かったことがあります。当時、現場では、人間が制御出来ないことが起こっていたのです。2号機でしたか、3号機でしたか、原子炉―(核燃料本体を納めている容器)―の圧力を抜くことが出来ずに、その容器が大爆発を起こすところだったようです。それが爆発したら、とんでもない放射能が大気中にまき散らされ、東日本には人が住めない、しかももう人間の手には負えない、現場の人にはどうすることも出来なかったそうです。しかし、そんな危機的な状況の中で、容器は爆発しなかったのです。人間の力を越えたところで、自然に圧力が抜けたのです。私は「神が日本を守って下さった」と思いました。神は生きておられ、この国をも見守り、働いて下さっている、そんなことを改めて思ったことでした。神は、この世を治めておられる方なのです。この方こそ、私達が上に戴くべき方ではないでしょうか。
 さてこの個所は、「イエス様がエルサレムに入城されたこと」を記す個所です。それは人々の歓声に包まれた華やかな入城でした。しかし、それは同時に、十字架を5日後に控えた「受難週」の始まりを意味する入城でもありました。今朝は「イエス様のエルサレム入城」の記事から学びます。
 ガリラヤからエルサレムに向かって旅をしてこられたイエス様は、オリーブ山の手前の「ベタニヤとベテパゲ」に近づかれました。オリーブ山を越えればもうエルサレム、距離にして2~3kmの所です。その時、2人の弟子をベタニヤからベテパゲに向かって「ロバの子を連れて来るように」と遣いに出されます。その際、「もし、『なぜそんなことをするのか。』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます』と言いなさい」(2~3)と教えて遣いに出されました。そして弟子達が行ってみると、お言葉通りにロバの子がいて、連れて行こうとして咎められた時にも、イエスの言われた言葉を言うと、彼らは連れて行くことを許してくれます。 
 この部分について「ロバの持ち主はイエスの弟子になっていた人で、イエスは、この日のために、前もってロバの持ち主と約束を交わしておられたのだろう」と言う人もいます。そうかも知れません。しかし、やはりイエス様が超自然的な方法でこの場面を造り出された、と考えても良いのではないでしょうか。いずれにしても、「マルコ福音書」が強調しているのは、「イエス様が『主がお入用なのです』と言われた」ということです。なぜなら「マルコ福音書」において、イエス様がご自分のことを「主」と呼んでおられるのはここだけです。つまりこの「主が…」と言う言葉には、イエス様のメッセージが込められているのです。では「主がお入用なのです」とは、どういう意味でしょうか。
 それは、ロバの持ち主に対して「あなたの主があなたのロバを必要としている」ということではないでしょうか。つまりイエス様は、ロバの持ち主に対して「主(王)」になろうとしておられるのです。そして、それを弟子達がそのまま伝えたところ、持ち主はすんなり許してくれた。それはつまり「イエス様が『主(王)』になろうとしておられる」そのことを、神が背後から支え、それが成るように配慮しておられるということです。同じことが次の部分からも言えます。イエス様はエルサレムに入城されるのにロバの子を用いられました。なぜロバの子だったのでしょうか。そこにイエス様のメッセージがあるのです。イスラエルの人々が読みついで来た預言の書―(「ゼカリヤ書9章9節」)―に次のような言葉があります。「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」(ゼカリヤ9:9)。「やがてやって来る『救い主(王)』は、ロバの子に乗ってエルサレムにやって来る(入城する)」と預言されていたのです。そして、イエスがその通りのことをされたということは、イエスが「私こそ預言された救い主(王)である」と主張しておられるということです。「ゼカリヤ書14章」にはまた「その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ」(ゼカリヤ14:4)という言葉もあります。イエス様が、オリーブ山に近づいた時に行動を起こされたのも、この預言の言葉を意識されてのことだと思います。
 イエスはロバの子に乗られました。するとイエス様の進まれる前に、人々が上着を脱いで敷き、棕櫚の枝を敷きました。イスラエルでは、それは王を迎える時にすることです。また人々は「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に…」(9)と叫びました。これは「詩篇118編」の引用ですが、「ホサナ」というのは、「主よ、救って下さい」、あるいは「王よ、救って下さい」という言葉です。ですからここでも、自らを「救い主(王)」として主張しておられるイエス様に対して、イエス様が「そうしなさい」と言われたわけではないのに、人々はイエス様を「王」として扱っているのです。神の配慮がそうさせているのです。
 つまりこの出来事は、イエスがご自分を「私が王である」と主張され、そのことを「良し」とするかのごとく、神の配慮がそれを包んでいる。「父なる神」と「子なる神」がイニシアチブを取って、「イエスは王である」と主張しておられる、そのような出来事なのです。イエスは、ここで初めて、自ら「王」になおろうとしておられる。神様はイエス様を「王」として宣言しようとしておられるのです。その意味でこの個所は、私達に「『王になろうとされた』イエス様のそのメッセージを受け取るように、イエス様を『王』として、1人1人が、お迎えするように」と語っているのです。
 しかし私達の心は、「イエスが『王』になろうとしておられる」と聞くと、何かしらの抵抗を感じるのではないかと思います。「王」というと支配するイメージがあります。私達の中では、イエス様は飽くまでも謙遜な方で、柔和な方で、謙った方で、私達に仕えて下さる方です。「王」として私達を支配なさる方ではない。だから私達のイメージと合わない。同時に私達の抵抗は、「イエス様を『王』として迎える」ということ自体の中にあります。CSルイスは、次のように言います。「サタンが我々の遠い祖先の頭に注ぎ込んだ考えは、人間は『神のようになれる』―自分を造ったのは自分自身であるかのように一本立ちでやって行ける―自分が自分の主人であって、他の何者にも仕える必要はない―神から離れたところで、神とは係りなく、自分の力で何らかの幸福を作り出すことができる―という考えであった」(CSルイス)。私達は、自分が自分の「王」でありたいのです。誰かに支配される、誰かが自分の「王」になる、それを本能的に嫌うのです。自由が侵害されるような、窮屈なような、そのような思いを持つのです。だから私達は、「イエス様を信じる」と言いながら、また「王なる主イエスよ」と歌いながら、一体どれだけイエス様を、自分の心に、自分の生活の場に、自分の人生に、「王」として、「従うべき方」として、迎えているのでしょうか。
 しかし、なぜイエス様を「王」としなければならないのでしょうか。ただ「信じる」というだけではいけないのでしょうか。以前、青年会で見た「アルファ・コース」の中で講師のニッキー・ガンベル先生が、サッカーの例を使って素晴らしいことを教えていました。先生がある日、成り行きで「子供のサッカーの試合」の審判をすることになりました。先生は、審判の仕方を知りません。でも、取り敢えず試合を始めてしまったのです。周りの白線もない、どこを走っても良い、何をしても笛は鳴らない。自由です。でも、子供達の試合は、楽しいどころか、けが人は出るは、滅茶苦茶になってしまったのです。やがて、時間を間違えていた本物の審判がやって来ました。彼は白線を引き、きちんとルールを課しました。そうしたら子供達は、のびのびと試合を楽しむことが出来たのです。従うものが出て来た時、子供達の自由が奪われたのではない。却って力を発揮し、思う存分自分のプレーを楽しむことが出来たのです。私達の人生の縮図と言えないでしょうか。人は、何も従うものがないのが自由なのではないのだと思います。従うに値するものを持って、それに従う時、私達は本当の自由を手に入れるのではないでしょうか。思い切り生きる自由、良く生きる自由です。
 それだけではありません。イエス様は「私が王である」と、「あなたの王である」と言われます。その方は、何のためにエルサレムに入城されるのでしょうか。十字架に架かるためです。その、十字架に架かるため、エルサレムに入城するための一切の備えをしておられるのは、イエス様です。父なる神様です。ロバもそうです。さらにその前の10章32節にこうあります。「さて、一行は、エルサレムに上る途中にあった。イエスは先頭に立って歩いて行かれた」(10:32)。イエス様が黙々とエルサレムに向かわれるのです。十字架の救いに関わる一切のことは、イエス様が、神様がして下さる。人間には出来ないからです。しかもこの後、イエス様は、私達のために、私達にいのちを与えるために、重い十字架を負って、ローマ兵に鞭打たれながら、何度も何度も倒れながら、ヨロヨロと歩いて下さった主です。そして、私達にいのちを与えるために、十字架の上で最後まで苦しみ抜いて下さった主です。そうでなければ、私達の罪が赦され、神の御手の中に入って生きる希望、永遠のいのちを生きる希望はなかったのです。
それほどに私達を愛して下さったのです。
その方が、死から甦って、「私はあなたの王である」と言って下さっているのです。そのイエス様を王とする時、本当に私達がそのことを信じるなら、この世の中は、私の人生は、決して、「もうどうにもならない」というところまで、「もうお終いだ」というところまで、悪くなることはない、という希望を持つことが出来るのではないでしょうか。私達にどんなに辛いことがあっても、どんない苦しいことがあっても、先に希望が見えないようなことがあっても、私達の人生を支配しているのは、私ではない、誰か人の力でもない、運命でさえもない、私達を愛するが故に十字架を負って下さった神様が、イエス様が、私達の王として私を支配して下さっているのです。この話は前にも紹介しましたが、ある場所である姉妹に2~3年ぶりにお会いしました。その姉妹は、私を見つけるとすぐ、「この神様は本物ですよね。祈りには力がありますよね」と言われました。その方のお嬢さんは、学生の時、不登校になられたのです。当時、その方が信仰していた宗教の上の人からは「これはあなたの娘さんの運命だから治らない」と言われました。そんな時、ある方に紹介されてキリスト教会に行くようになられます。「そこから運命が変えられた」と言われるのです。「娘の運命も変えられた。家族の運命も変えられた。キリスト教に出会っていなければ、今頃、娘はどうなっていたのか、家族はどうなっていたのか。それを思うと、主に感謝をしている。本当に主は運命さえも変えることがお出来になる素晴らしい方です」。そうであるなら、私達がイエス様を「王」とする時、私達は絶望しなくて良いのではないでしょうか。私達は、「王」なる「イエス様から来る希望に支えられて生きることが出来るのではないでしょうか。だからこそ、私達は、この個所を通して、イエス様を「王」として受け入れ、イエス様を「王」として生きようとするのです。
 では、イエス様を「王」とするとは、具体的にどうすることでしょうか。「1ペテロ書」に「あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい」(1ペテロ4:12~13)とあります。4年前にこの教会来て下さった福島の佐藤彰先生は、原発事故の直後、この御言葉を取り上げてこう語っておられます。「今の状況は正直に言えば苦しみです。でもここに『試練を喜べ』と書いてある。だから、確かに本音の部分では苦しいけど、でも信仰を働かせて喜ぶ方を選びとって行きましょう。主が喜べる状況を与えて下さいます」(佐藤彰)。イエス様を「王」として迎えるとは、主に信頼し、自分の本音を裏切るようにしてでも、主の言葉に生きようとすることではないでしょうか。私達の霊的な祖先であるアナバプテストのクリスチャン達が迫害で苦しんでいた時、彼らを励ました御言葉があります。「ですから、私たちは勇気を失いません…今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです」(2コリント4:16~17)。彼らは、本音を裏切るようにして、この御言葉に生きたのです。イエス様は「仕えることの大切さ」を教えた後で「あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行なう時に、あなたがたは祝福されるのです」(ヨハネ13:17)と言われました。しかし、イエス様を「王」として迎える思いがなければ、私達は主の言葉を聞いても、結局、聞き流すことになるのではないでしょうか。そして結局、自分の人間的な思いを大切にして、それに従って行こうとするのではないでしょうか。それは、自分を「神」(「王」)として生きることです。そこには祝福はないのです。だからこそ私達は、イエス様を「王」とするのです。そこにこそ、祝福の道があるのです。
 ここで人々は、自分達の上着を差し出しました。全ては、イエス様が備えて下さったことでした。しかしその中で、人々がしたことは、イエス様を心から「王」としてお迎えして、上着を差し出すことだったのです。それをイエス様は、喜ばれたのです。私達が、差し出すことの出来る上着とは何でしょうか。私達の救いも、全部、イエス様が、神様が、備えて下さいました。私達は、何もしていません。そのような中で私達が出来ることは…。それは、申しあげたように、私達が御言葉に生きること、そして、私達の生き方を、少しでも御心に適うように変えて行くことではないでしょうか。それは、まず自分を「王」として生きること止めて、イエス様を、本当に「私の王」として心にお迎えすることです。
 イエス様は「主がお入り用なのです―(『あなたの主があなたを必要としておられる』)」(3)と言って、ロバの子を用いて下さいました。ロバは、イスラエルでは、神殿に捧げることの出来ない、ある意味で、御心に適わない動物だと言われたのです。その子ロバを、しかしイエス様は尊く用いて下さったのです。私達のような者が差し出す上着も、イエス様は、きっと尊く用いて下さるに違いありません。私達をより良く生かして下さるに違いありません。私達は、今日改めて、イエス様を「私の『王』」としてお迎えしましょう。
 

聖書箇所:マルコ福音書11章1~11節

 以前、NHKの番組で、東日本大震災時の福島第一原発の事故の様子がドラマ化され、再現されていました。番組を見て分かったことがあります。当時、現場では、人間が制御出来ないことが起こっていたのです。2号機でしたか、3号機でしたか、原子炉―(核燃料本体を納めている容器)―の圧力を抜くことが出来ずに、その容器が大爆発を起こすところだったようです。それが爆発したら、とんでもない放射能が大気中にまき散らされ、東日本には人が住めない、しかももう人間の手には負えない、現場の人にはどうすることも出来なかったそうです。しかし、そんな危機的な状況の中で、容器は爆発しなかったのです。人間の力を越えたところで、自然に圧力が抜けたのです。私は「神が日本を守って下さった」と思いました。神は生きておられ、この国をも見守り、働いて下さっている、そんなことを改めて思ったことでした。神は、この世を治めておられる方なのです。この方こそ、私達が上に戴くべき方ではないでしょうか。
 さてこの個所は、「イエス様がエルサレムに入城されたこと」を記す個所です。それは人々の歓声に包まれた華やかな入城でした。しかし、それは同時に、十字架を5日後に控えた「受難週」の始まりを意味する入城でもありました。今朝は「イエス様のエルサレム入城」の記事から学びます。
 ガリラヤからエルサレムに向かって旅をしてこられたイエス様は、オリーブ山の手前の「ベタニヤとベテパゲ」に近づかれました。オリーブ山を越えればもうエルサレム、距離にして2~3kmの所です。その時、2人の弟子をベタニヤからベテパゲに向かって「ロバの子を連れて来るように」と遣いに出されます。その際、「もし、『なぜそんなことをするのか。』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます』と言いなさい」(2~3)と教えて遣いに出されました。そして弟子達が行ってみると、お言葉通りにロバの子がいて、連れて行こうとして咎められた時にも、イエスの言われた言葉を言うと、彼らは連れて行くことを許してくれます。 
 この部分について「ロバの持ち主はイエスの弟子になっていた人で、イエスは、この日のために、前もってロバの持ち主と約束を交わしておられたのだろう」と言う人もいます。そうかも知れません。しかし、やはりイエス様が超自然的な方法でこの場面を造り出された、と考えても良いのではないでしょうか。いずれにしても、「マルコ福音書」が強調しているのは、「イエス様が『主がお入用なのです』と言われた」ということです。なぜなら「マルコ福音書」において、イエス様がご自分のことを「主」と呼んでおられるのはここだけです。つまりこの「主が…」と言う言葉には、イエス様のメッセージが込められているのです。では「主がお入用なのです」とは、どういう意味でしょうか。
 それは、ロバの持ち主に対して「あなたの主があなたのロバを必要としている」ということではないでしょうか。つまりイエス様は、ロバの持ち主に対して「主(王)」になろうとしておられるのです。そして、それを弟子達がそのまま伝えたところ、持ち主はすんなり許してくれた。それはつまり「イエス様が『主(王)』になろうとしておられる」そのことを、神が背後から支え、それが成るように配慮しておられるということです。同じことが次の部分からも言えます。イエス様はエルサレムに入城されるのにロバの子を用いられました。なぜロバの子だったのでしょうか。そこにイエス様のメッセージがあるのです。イスラエルの人々が読みついで来た預言の書―(「ゼカリヤ書9章9節」)―に次のような言葉があります。「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜わり、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」(ゼカリヤ9:9)。「やがてやって来る『救い主(王)』は、ロバの子に乗ってエルサレムにやって来る(入城する)」と預言されていたのです。そして、イエスがその通りのことをされたということは、イエスが「私こそ預言された救い主(王)である」と主張しておられるということです。「ゼカリヤ書14章」にはまた「その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上に立つ」(ゼカリヤ14:4)という言葉もあります。イエス様が、オリーブ山に近づいた時に行動を起こされたのも、この預言の言葉を意識されてのことだと思います。
 イエスはロバの子に乗られました。するとイエス様の進まれる前に、人々が上着を脱いで敷き、棕櫚の枝を敷きました。イスラエルでは、それは王を迎える時にすることです。また人々は「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に…」(9)と叫びました。これは「詩篇118編」の引用ですが、「ホサナ」というのは、「主よ、救って下さい」、あるいは「王よ、救って下さい」という言葉です。ですからここでも、自らを「救い主(王)」として主張しておられるイエス様に対して、イエス様が「そうしなさい」と言われたわけではないのに、人々はイエス様を「王」として扱っているのです。神の配慮がそうさせているのです。
 つまりこの出来事は、イエスがご自分を「私が王である」と主張され、そのことを「良し」とするかのごとく、神の配慮がそれを包んでいる。「父なる神」と「子なる神」がイニシアチブを取って、「イエスは王である」と主張しておられる、そのような出来事なのです。イエスは、ここで初めて、自ら「王」になおろうとしておられる。神様はイエス様を「王」として宣言しようとしておられるのです。その意味でこの個所は、私達に「『王になろうとされた』イエス様のそのメッセージを受け取るように、イエス様を『王』として、1人1人が、お迎えするように」と語っているのです。
 しかし私達の心は、「イエスが『王』になろうとしておられる」と聞くと、何かしらの抵抗を感じるのではないかと思います。「王」というと支配するイメージがあります。私達の中では、イエス様は飽くまでも謙遜な方で、柔和な方で、謙った方で、私達に仕えて下さる方です。「王」として私達を支配なさる方ではない。だから私達のイメージと合わない。同時に私達の抵抗は、「イエス様を『王』として迎える」ということ自体の中にあります。CSルイスは、次のように言います。「サタンが我々の遠い祖先の頭に注ぎ込んだ考えは、人間は『神のようになれる』―自分を造ったのは自分自身であるかのように一本立ちでやって行ける―自分が自分の主人であって、他の何者にも仕える必要はない―神から離れたところで、神とは係りなく、自分の力で何らかの幸福を作り出すことができる―という考えであった」(CSルイス)。私達は、自分が自分の「王」でありたいのです。誰かに支配される、誰かが自分の「王」になる、それを本能的に嫌うのです。自由が侵害されるような、窮屈なような、そのような思いを持つのです。だから私達は、「イエス様を信じる」と言いながら、また「王なる主イエスよ」と歌いながら、一体どれだけイエス様を、自分の心に、自分の生活の場に、自分の人生に、「王」として、「従うべき方」として、迎えているのでしょうか。
 しかし、なぜイエス様を「王」としなければならないのでしょうか。ただ「信じる」というだけではいけないのでしょうか。以前、青年会で見た「アルファ・コース」の中で講師のニッキー・ガンベル先生が、サッカーの例を使って素晴らしいことを教えていました。先生がある日、成り行きで「子供のサッカーの試合」の審判をすることになりました。先生は、審判の仕方を知りません。でも、取り敢えず試合を始めてしまったのです。周りの白線もない、どこを走っても良い、何をしても笛は鳴らない。自由です。でも、子供達の試合は、楽しいどころか、けが人は出るは、滅茶苦茶になってしまったのです。やがて、時間を間違えていた本物の審判がやって来ました。彼は白線を引き、きちんとルールを課しました。そうしたら子供達は、のびのびと試合を楽しむことが出来たのです。従うものが出て来た時、子供達の自由が奪われたのではない。却って力を発揮し、思う存分自分のプレーを楽しむことが出来たのです。私達の人生の縮図と言えないでしょうか。人は、何も従うものがないのが自由なのではないのだと思います。従うに値するものを持って、それに従う時、私達は本当の自由を手に入れるのではないでしょうか。思い切り生きる自由、良く生きる自由です。
 それだけではありません。イエス様は「私が王である」と、「あなたの王である」と言われます。その方は、何のためにエルサレムに入城されるのでしょうか。十字架に架かるためです。その、十字架に架かるため、エルサレムに入城するための一切の備えをしておられるのは、イエス様です。父なる神様です。ロバもそうです。さらにその前の10章32節にこうあります。「さて、一行は、エルサレムに上る途中にあった。イエスは先頭に立って歩いて行かれた」(10:32)。イエス様が黙々とエルサレムに向かわれるのです。十字架の救いに関わる一切のことは、イエス様が、神様がして下さる。人間には出来ないからです。しかもこの後、イエス様は、私達のために、私達にいのちを与えるために、重い十字架を負って、ローマ兵に鞭打たれながら、何度も何度も倒れながら、ヨロヨロと歩いて下さった主です。そして、私達にいのちを与えるために、十字架の上で最後まで苦しみ抜いて下さった主です。そうでなければ、私達の罪が赦され、神の御手の中に入って生きる希望、永遠のいのちを生きる希望はなかったのです。
それほどに私達を愛して下さったのです。
その方が、死から甦って、「私はあなたの王である」と言って下さっているのです。そのイエス様を王とする時、本当に私達がそのことを信じるなら、この世の中は、私の人生は、決して、「もうどうにもならない」というところまで、「もうお終いだ」というところまで、悪くなることはない、という希望を持つことが出来るのではないでしょうか。私達にどんなに辛いことがあっても、どんない苦しいことがあっても、先に希望が見えないようなことがあっても、私達の人生を支配しているのは、私ではない、誰か人の力でもない、運命でさえもない、私達を愛するが故に十字架を負って下さった神様が、イエス様が、私達の王として私を支配して下さっているのです。この話は前にも紹介しましたが、ある場所である姉妹に2~3年ぶりにお会いしました。その姉妹は、私を見つけるとすぐ、「この神様は本物ですよね。祈りには力がありますよね」と言われました。その方のお嬢さんは、学生の時、不登校になられたのです。当時、その方が信仰していた宗教の上の人からは「これはあなたの娘さんの運命だから治らない」と言われました。そんな時、ある方に紹介されてキリスト教会に行くようになられます。「そこから運命が変えられた」と言われるのです。「娘の運命も変えられた。家族の運命も変えられた。キリスト教に出会っていなければ、今頃、娘はどうなっていたのか、家族はどうなっていたのか。それを思うと、主に感謝をしている。本当に主は運命さえも変えることがお出来になる素晴らしい方です」。そうであるなら、私達がイエス様を「王」とする時、私達は絶望しなくて良いのではないでしょうか。私達は、「王」なる「イエス様から来る希望に支えられて生きることが出来るのではないでしょうか。だからこそ、私達は、この個所を通して、イエス様を「王」として受け入れ、イエス様を「王」として生きようとするのです。
 では、イエス様を「王」とするとは、具体的にどうすることでしょうか。「1ペテロ書」に「あなたがたを試みるためにあなたがたの間に燃えさかる火の試練を、何か思いがけないことが起こったかのように驚き怪しむことなく、むしろ、キリストの苦しみにあずかれるのですから、喜んでいなさい」(1ペテロ4:12~13)とあります。4年前にこの教会来て下さった福島の佐藤彰先生は、原発事故の直後、この御言葉を取り上げてこう語っておられます。「今の状況は正直に言えば苦しみです。でもここに『試練を喜べ』と書いてある。だから、確かに本音の部分では苦しいけど、でも信仰を働かせて喜ぶ方を選びとって行きましょう。主が喜べる状況を与えて下さいます」(佐藤彰)。イエス様を「王」として迎えるとは、主に信頼し、自分の本音を裏切るようにしてでも、主の言葉に生きようとすることではないでしょうか。私達の霊的な祖先であるアナバプテストのクリスチャン達が迫害で苦しんでいた時、彼らを励ました御言葉があります。「ですから、私たちは勇気を失いません…今の時の軽い患難は、私たちのうちに働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです」(2コリント4:16~17)。彼らは、本音を裏切るようにして、この御言葉に生きたのです。イエス様は「仕えることの大切さ」を教えた後で「あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行なう時に、あなたがたは祝福されるのです」(ヨハネ13:17)と言われました。しかし、イエス様を「王」として迎える思いがなければ、私達は主の言葉を聞いても、結局、聞き流すことになるのではないでしょうか。そして結局、自分の人間的な思いを大切にして、それに従って行こうとするのではないでしょうか。それは、自分を「神」(「王」)として生きることです。そこには祝福はないのです。だからこそ私達は、イエス様を「王」とするのです。そこにこそ、祝福の道があるのです。
 ここで人々は、自分達の上着を差し出しました。全ては、イエス様が備えて下さったことでした。しかしその中で、人々がしたことは、イエス様を心から「王」としてお迎えして、上着を差し出すことだったのです。それをイエス様は、喜ばれたのです。私達が、差し出すことの出来る上着とは何でしょうか。私達の救いも、全部、イエス様が、神様が、備えて下さいました。私達は、何もしていません。そのような中で私達が出来ることは…。それは、申しあげたように、私達が御言葉に生きること、そして、私達の生き方を、少しでも御心に適うように変えて行くことではないでしょうか。それは、まず自分を「王」として生きること止めて、イエス様を、本当に「私の王」として心にお迎えすることです。
 イエス様は「主がお入り用なのです―(『あなたの主があなたを必要としておられる』)」(3)と言って、ロバの子を用いて下さいました。ロバは、イスラエルでは、神殿に捧げることの出来ない、ある意味で、御心に適わない動物だと言われたのです。その子ロバを、しかしイエス様は尊く用いて下さったのです。私達のような者が差し出す上着も、イエス様は、きっと尊く用いて下さるに違いありません。私達をより良く生かして下さるに違いありません。私達は、今日改めて、イエス様を「私の『王』」としてお迎えしましょう。
 

聖書箇所:マルコ福音書10章46~52節

 私が千葉の神学校に入学した時、36歳でした。そこは大学に併設されている研究機関という位置づけの学校でしたので、若い人が多く、肩身の狭い思いをしておりました。そんな中で、もう1人、36歳の神学生の方がおられ、とても仲良くして頂きました。彼にはビジョン(目標)があって、それは、インドに行って、貧しい人達に仕えたいというビジョンでした。しかし、難しいのです。ビザのことや、現地の協力団体のことや…。上手く行きそうになると、何かしらの問題が出て来て行き詰まってしまいます。しかし、彼はいつも「これはもう神様の御手の中にあることですから…」と言って、決して諦めないのです。私はそこに1年しかいませんでしたが、カナダに行った後、彼の支援団体からお便りを頂きました。彼がインドに行って、奉仕を始めた、というニュースレターでした。彼の諦めない信仰に、神様が見事に答えて下さったのです。彼が、ある日のチャペルで証しをした時、取り上げたのが、今日のバルテマイの箇所でした。彼の中でこの個所は、彼のビジョンとも重なって特別な個所だったのだと思います。それ以来、この個所は、私にとってもなじみの深い個所となりました。
さて、ガリラヤからエルサレムへの旅を続けて来られたイエス様は,いよいよユダヤの入り口の町エリコに来られました。エリコは、エルサレムから24km、古くから交通の要衝であった町です。ガリラヤからエルサレムを訪ねようとする人々は、エリコに一泊してエルサレムに入る身支度を整えてエルサレムに向かいました。またエリコは、エルサレムの神殿で働く祭司達が多く住んでいた町でもあります。過越しの祭りのこの時期、祭司達もエルサレムに向かいます。町も、周辺の街道も、賑やかな様子だったでしょう。そのエリコには、イエス様の到来を待ち望むようにして迎えた人達がいました。1人は「ルカ福音書」に登場するザアカイです。そしてもう1人が、ここに登場するバルテマイです。この箇所は、バルテマイとイエス様との交流の様子を通して信仰のメッセージを語ります。「内容」と「メッセージ」と2つのことを申し上げます。
 

1.内容~バルテマイの癒し

 バルテマイは、道端に座って物乞いをしていました。当時、盲人には、それ以外に生活を立てる方法はありませんでした。バルテマイは、エリコの町の門の所に座って、通りを行く人々の情けにすがって辛うじて生活を立てていたようです。辛い生活です。しかし、その彼にも一縷の希望が、期待が、ありました。それはメシア(キリスト)への期待です。「旧約」に預言されていました。「そのとき、目の見えない者の目は開き、耳の聞こえない者の耳はあく。そのとき、足のなえた者は鹿のようにとびはね、口のきけない者の舌は喜び歌う。荒野に水がわき出し、荒地に川が流れるからだ」(イザヤ35:5~6)。メシアが来る時の希望の預言です。彼は、風の噂に「イエスという人は、目の見えない人、口の利けない人を癒した」という話を聞いていたかも知れません。イエス様に一縷の希望を見たのです。
 エリコに入られたイエスは、次の朝早くでしょうか、エリコを出て、エルサレムに向かおうとして、バルテマイの座っている門の所に近づいて来られました。そのことを聞いた彼は、イエスに向かって「ダビデの子よ」と叫び始めました。それはイエス様のことを、かつての理想の王ダビデの子孫として登場すると信じられていたメシアだ、と信じての信仰の叫びでした。いわば、彼の信仰の告白です。人々は、「うるさい」と思ったのか、「お前には関係のない方だ」と思ったのか、彼を黙らせようとします。しかし、バルテマイは諦めません、叫び続けます。「ダビデの子よ。私をあわれんでください」。すると、バルテマイの切実な叫びに、イエスは立ち止まられました。バルテマイの叫びは、祈りは、イエス様を立ち止まらせたのです。イエスは、彼に聞かれます。「わたしに何をしてほしいのか」(51)。彼は願いました。「先生。目が見えるようになることです」(51)。イエスは「あなたの信仰があなたを救ったのです」(52)と言われ、彼の目を癒されるのです。彼は癒されました。癒された彼はどうしたのか。彼は「イエスの行かれる所について行った」(52)のです。
 

2.メッセージ~見るべきもの

 この個所は何を教えるのでしょうか。1つは、バルテマイのイエス様に対する信仰、イエス様の力に対する信頼、それを語ろうとしていると思います。彼は「ダビデの子よ。私をあわれんでください」(48)と叫び続けました。当時の宗教の教師は、歩きながら教えました。イエス様も歩きながら群衆に教えておられたのかも知れません。だから群衆は、彼を黙らせようとしたのかも知れません。しかし彼は、黙らなかった。「夢は捨てよう。諦めよう」。そう自分に言い聞かせて諦めることをしなかったのです。「またの機会を待とう」と引き下がることもしなかった。叫び続けたのです。
 私は、もう40年前、ある癒しの集会に出席しました。説教者が最後に「癒しのお祈りをしますから、癒して欲しいと思う人は前に出て来て下さい」と言いました。しかし私は、出て行きませんでした。「なぜ前に出なかったのだろう」と思い返してみると、気恥ずかしさもあったのですが、結局は信じていなかったのだと思います。信じていれば、「恥ずかしい」等と言っていないで前に出たはずです。だから私は、彼の必死さにイエス様への信仰を見るのです。そしてその彼の願いが、祈りが、イエス様を立ち止まらせ、彼の願いを聞いて下さるようにしたのです。この箇所は、バルテマイの姿を通して「このイエスが、イエスを『主よ』と崇める私達に良くして下さらないはずはない。どのような困難からも解放して下さらないはずはない。諦めるな、願い続けなさい。イエスは憐れみ深い方だから」と語るのです。「イエス様(神様)は、運命さえ変えることが出来る方である」ということを信じて、祈り続けるように、励まそうとするのです。
 しかし、それだけではないのです。この前の箇所では、ゼベダイの子ヤコブとヨハネがイエス様のところにやって来て、イエス様に願いました。イエスが「何をしてほしいのですか」(10:36)と言われると、2人は言いました。「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせて下さい」(10:37)。イエス様は、それに対して「あなたがたは自分が何を求めているのか、わかっていないのです」(10:38)と言われました。つまり、彼らは、肉の目は見えていたけど、信仰の目は見えていなかったのです。恐らくバルテマイの話は、ヤコブとヨハネの話と対になっているのです。そして私達にも問いかけているのです。イエス様が「私に何をしてほしいのか」(51)と問われた時、あなたは何を願うのか。何を願えば良いのか。
 こんな話があります。「ある男が神様に3つの願い事をして良いと言われ、願い事をしました。1つ目は『神様、ハワイに行きたいです』。男はすぐにハワイに送られました。2つ目は『神様、パイをたくさん食べたいのです』。男はすぐに食べきれないほどのパイを与えられました。気を良くした男は最後の願いをしました。『神様、最後のお願いです。私はもう60歳です。妻も年を取りました。どうか20歳若い奥さんと取り換えて下さい』。すると神様が言われました。『お前の願いは良く分かった。それでは目をつぶって。1、2、3…ハイ!目をあけて!』。男は80歳になっていました」。(ジョークです)。神様に3つの願いが出来るのに、この男の3つの願いごとでは残念です。イエス様が「わたしに何をしてほしいのか」と問われたら、私達は何を願うべきなのでしょうか。
 バルテマイは、イエス様について行きましした。そしてエルサレムに行きました。そして、その開かれた目で何を見たのか。彼が見たのは「イエス様の十字架」です。彼が聞いたのは「イエス様の十字架上の叫び」です。エリコで彼がイエス様を求めて叫んだ、その叫びよりももっと激しくイエス様は叫ばれました。「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(15:34)。そこには激しい絶望がありました。バルテマイは、自分の目が見えないことを絶望して、そしてイエスに叫びました。しかし彼は、彼の絶望よりも激しい絶望があったこと、深い絶望があったことを知りました。それは言葉を換えると「人が本当に恐れなければならないのは何なのか」、「人が本当に解き放たれなければならないのは何からなのか」、それが見えたということです。バルテマイには「人間には『目が見えないということからの解放』以上の解放が必要である」ことが見えたということです。それは、私達が「滅び」に向かっているという事実であり、私達を「死」が捕らえようとしているという事実です。私達の人生は、どんな人でも、その危うさの上にあるのです。目が見えようが、目が不自由であろうが、等しくその恐ろしさの上にあるのです。そこから解放されなければならないのです。でも「イエス様の絶望の叫び」は、やがて「完了した」(ヨハネ19:30)、「救いは成った」という勝利の言葉に変わるのです。そして、3日目の復活において、本当に勝利に変わるのです。「イエス様の叫びと勝利―(十字架の贖いと復活)」は、私達を「滅びと死」から解き放つのです。イエスに肉の目を開かれた彼は、でも肉の目ではない、霊の目で、それが見ることが出来たのではないかと思います。本当に意味でイエス様が分かったのです。それが「イエスの行かれる所について行った」(52)と書かれている深い意味ではないかと思います。
 ある時,他宗教の方ですか、熱心に信心しておられる方と話をしたことがあります。その方は「宗教とは安心だ」と言われました。私も同意します。しかし、「安心」とは何なのでしょうか。私達の人生が「滅びと死」に向かう人生であるなら、どこに「真の安心」があるでしょうか。「安心」とは、ただ「イエスの十字架の叫びと復活の勝利に包まれている人生」、「イエスの十字架と復活によって滅びと死から解放された人生」のことを言うのではないでしょうか。それだけが一瞬も止まることなく「滅びと死」に向かっている私達に「真の安心」を与えるのではないでしょうか。星野富弘さんの「おだまき」という詩があります。「いのちが一番大切だと思っていたころ、生きるのが苦しかった。いのちより大切なものがあると知った日、生きているのが嬉しかった」(星野富弘)。「いのちより大切なもの」とは何か。自己流の解説はしませんが、でもこの詩のポイントは「生きているのが嬉しかった」という言葉だと思います。ここで「いのちより大切なもの」が「滅びと死からの解放」であるとするなら、「滅びと死からの解放」こそが、私達に「安心」、「生きているのが嬉しい」というもの―(生きる上での余裕のようなもの)―を与えるのではないでしょうか。
 もちろん、イエス様を信じ、「イエスの叫びと復活の勝利」で包まれる人生を歩めば、恐れがない、心配がない、悩みがない、ということではありません。聖書はそう言いません。しかし「ヨハネ16章」でイエス様はこう言われます。「これらのことを話したのは、あなたがたがわたしによって平和を得るためである。あなたがたは世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ16:33新共同訳)。ここで「勇気を出しなさい」と訳されている言葉は、この49節の「心配しないでよい」(49)という言葉と同じ「タルセオー」という言葉の変化したものです。悩みはあります。試練はあります。しかしそれが「イエスの叫びと復活の勝利」に支えられている人生なら、それは、既に「滅びと死」から解放された人生なのです。必ず勝利に続く人生なのです。失望に終わることはないのです。だから、神様に励まされて「勇気」を出すことが出来るのです。立ち上がることが出来るのです。
 その意味で、私達が、天地を創造し、命を創造された方、救い主であられる方に求めるべきものは「死と滅びからの解放」だと思います。永遠の命の祝福だと思います。しかし、ここで私達は、「私にはそのことがもうちゃんと見えている」と言えるでしょうか。私も、イエス様の十字架によって罪赦され、永遠の命を頂いて、天国に向かって歩いている、ということは信じています。しかしそれならば、本当に私の心の目は、イエス様の為して下さった御業の大きさをしっかりと受け止めているのか。私の心の目は、十字架によって引き入れられた神の国の現実、神の恵みの現実を見ているのか。信仰にとって何が大切なのか、どう生きることが神に喜ばれることなのか、神の国を生きる生き方を知っているのか。神がどのように人の世を治めておられるのか、その神のなさり方を見ているのか。数え上げて行けば、私は神様について、信仰について、信仰生活について、神と共に生きる生き方について、あまりにも盲目であると思わざるを得ないのです。目が開かれていないから、イエス様にしっかりついて行くことも出来ないのではないかと思います。
 最近、このような幻を見せられました。私は、自分が抱えている現状について、納得出来ずに、神様に対して不平不満、文句を言うことが多いのです。しかし先日、フト見せられたのは、いつか神様が私の人生の1つ1つの事柄が持っていた真の意味を全部見せて下さった時、あんなに不平不満を言い、文句を言っていた、そのことの中に、実は神の深い配慮と恵みが隠されていたことを見せられ、恥じ入る姿なのです。そのこと1つを取っても、私の心の目、信仰の目は盲目なのです。
 しばらく前「ソウル・サーファー」の話をしました。その続きのような話ですが…。13歳のサーファーの少女が、サーフィンの練習中、左腕をサメに食いちぎられてしまいました。肩から下がごっそりもって行かれたのです。でも彼女は「ここにも―(いや、ここに)―神の計画ある」と言って、神の愛を疑わないのです。そして左腕の傷が癒されると直ぐにサーフィンを再開し、様々な大会に出場し、良い成績を残して行くのです。その彼女の姿は、マスメディアからも注目されました。「なぜ、あなたはそんなに明るく生きて行けるのか」という質問を受けます。彼女は答えるのです。「神が私を愛して下さっています。皆さん、神があなたを愛しておられます」。また、いろいろな所を訪問し、人々を励まし、神を証するようになりました。そのようにして、事故を通して神を証する機会が与えられたことを「神のお役に立ちたいという願いが実現した」と言って喜んで生きているのです。「神は、悪からでも善を造って下さる。神が最後は良くして下さる」と喜んでいるのです。証しの中で、彼女が最後に引用した御言葉は「ローマ書8章28節」でした。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)。「万事益」、私も大好きな御言葉ですが、本当に彼女ほどの神への信頼を持って受け取っているのか、自分が問われました。つまり、見ているもの、見えているものが違うな、と思ったのです。本当に激しい苦しみから助け出された彼女には、神のなさり方が見えているような気がしました。
 その意味で私達は、「死と滅びから解放」、「永遠の命の祝福」を願い求めると同時に、神様のなさり様を理解する心の目、神を信頼する信仰の目、神様のことをもっと知る心の目、神に喜ばれる信仰生活を選び取る信仰の目、そのようなものを、霊的な盲目からの解放を、求めて行かなければならないのではないでしょうか。使徒パウロはエペソのクリスチャンのために祈りました。「あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、あなたがたが知ることができますように」(エペソ1:18~19)。心の目が開かれるように、神様のことを、信仰生活の恵みを、もっと深く知ることが出来るようにと祈りました。千葉の神学校に通っていた時、校長先生と祈祷会を御一緒すると、良く「私の霊性が守られるように祈って下さい」と言われました。「神の目に相応しい信仰生活、神のなさり様を見ることの出来る霊性」を求めておられたのだろうと思います。この「エペソ書」の祈りを、私達も自分の祈りとして、もっと深い信仰生活を、もっと神様に近づく信仰生活を、もっと天国をはっきりと見据える信仰生活を求めて行きたいと願うことです。
 

聖書箇所:マルコ福音書10章32~45節     

 「僕らはみんな生きている」という映画があります。日本のビジネスマンが、東南アジアのある国で、内戦に巻き込まれながらもしぶとくビジネスを展開する様子を描いた映画です。ストーリーは良く覚えていないのですが、印象に残っている場面があります。主人公が自分の父親のことを回想して語る場面です。大企業の部長だった父親には、毎年300通の年賀状が届いていました。ところが退職した次の年の正月、年賀状が3通しか届かなかったのです。父親は「こんなはずはない」と言って、外に出て郵便屋さんが来るのを待っていました。しかし、結局3通だった。父親は「俺の人生は何だったのか」と呆然とするのです。「大企業の部長職」という華やかな立場も、彼にとって人生の目的地ではなかった、過ぎ去って行くものに過ぎなかった、ということです。
教えられるのは「過ぎ去って行く目的ではなく、人生の真の―(最終的な)―目的地に向かって生きて行くことの大切さ」です。私達はそれを「天国―(主にお会いする時)」に置きます。その最終的な目的地に向かうために相応しい生き方をしたいと願うのです。それはどのような生き方なのか。
 今日の箇所は、そのようなことを語る箇所です。「内容」、「信仰生活への適用」をお話しします。
 

1:内容~ヤコブとヨハネの願い

 イエスは、エルサレムに向かって歩みを進めておられました。その道すがら3度目の「受難予告」をされます。しかし、ここで語られたのは受難の予告だけではありません。イエス様は最後に「しかし、人の子は三日目の後に、よみがえります」(34)と、受難と同時に復活の予告、勝利の予告もされるのです。受難の予告ですから、全体として暗いトーンです。しかし、その暗い受難の向こうにある勝利について語られるのです。しかし、その勝利について、勝手に理解して、イエス様の許にやって来たのが、ヤコブとヨハネです。彼らはイエス様にお願いをします。「あなたの栄光の座で、ひとりを先生の右に、ひとりを左にすわらせてください」(37)。
 彼らは、イエス様が最後はローマ帝国を追い払って、ユダヤ人の新しい国を再興して下さる、神の祝福に満ちた国を造って下さる、そういう夢をイエス様に託してついて来ているのです。彼らは「その国で右大臣、左大臣にしてくれ」と頼んだのです。それはそれで、真剣な願いだったと思います。彼らなりに真剣に、イエス様の支配なさる国のことを考えていたのでしょう。42節、43節に「偉い」という言葉が出て来ますが、この言葉は「大きい」という意味の言葉です。当時の人々は「やがて神が『来るべき世』をもたらして下さるに違いない」と期待し、その世界に対するイメージを持ち、その中で大きな存在になりたいと願っていました。神の目に大きな者となること、それは、私達も願って良いことではないでしょうか。
 しかし、神の目に大きな者となること、イエス様の近くにあるということ、それは、本当はどういうことなのか、彼らは分かっていないのです。それでイエスは言われました。38節を意訳します。「あなた方の願いは聞いて上げよう。しかし、あなた方が願っていること、私の傍らにあって大きな存在となるということがどういうことなのか、あなた方には分かっていないようだ。それは私の飲む盃を飲み、私の受けるバプテスマを受けることなのだよ」。イエス様の飲む盃とは何か。イエス様の受けるバプテスマとは何のことでしょうか。聖書では、「杯」とは「苦しみ」を表現します。イエス様はゲッセマネの園で「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください」(ルカ22:42)と祈られました。そのイエス様の苦しみを分かち合うこと、それがイエス様に近くあるということです。バプテスマも、本来の意味は「水の中に全身を浸す」ということです。ですからここでは「苦しみに耐えて、その中に全身を浸してしまうこと」が言われているのです。それが大きな存在になるということなのです。繰り返しますが、彼らには、それが良く分かっていなかったでしょう。イエス様の最も近くにあるということ、それが、イエス様の苦しみを分かち合うことだということが分かっていなかったのです。
 しかし、良く分かっていなかったのは、ヤコブとヨハネだけではなかったのです。41節「十人の者がこのことを聞くと、ヤコブとヨハネのことで腹を立てた」(41)。なぜ腹を立てたのか。「俺達を出し抜いた」と言って腹を立てたのです。弟子達の皆が、イエス様の最も近くにあって、人の上に立ちたい、人の上に立って支配したい、そういう願いを持っていたのです。そこにイエス様は、人間の根本的な問題を見られました。天国の価値観とぶつかる自我の価値観を見られたのです。
 それでイエス様は、天国を目指す者の生き方の核心的な価値を語られました。42節から「あなたがたも知っているとおり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い人たちは彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい」(42~44)。人の上に立ちたい、人を支配したいと願う弟子達に対して、「そうではなく、仕える者になれ、しもべになれ」と言われました。 
 なぜ、「仕える者」になることが弟子の道なのか。なぜ、しもべになることを目指さなければならないのか。イエス様は言われます。「人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです」(45)。彼らの主であり、彼らが最も近いところにいたいと願ったイエスご自身が、神の子、王の王である方なのに、仕えられるためでなく、仕えるために来られたし、罪を犯さずには生きて行けない、そのために、本来地獄に向かって歩むしかない私達のために、罪の贖いの代価として、自分自身を差し出す生き方をされたのです。
 ちなみ「贖いの代価」というのは「人をある束縛から自由にする」ために 払われるものです。米国のリンカーン大統領は、ある時こんな光景を見たそうです。1人の黒人少女が奴隷市場で売りに出されました。奴隷商人は、少女の服を剥ぎ取って「健康だよ」と呼びかけました。セリで値段がつり上がって、最終的に2人の買い手が残りました。1人は大農場の農場主、もう1人は教会の牧師でした。値段が1500ドルになった時に、農場主が降りて、黒人の少女は牧師のものになりました。回りの人が牧師に聞きました。「その奴隷をどうするのか」。牧師は言いました。「自由にする」。彼は、1人の奴隷を自由にするために―(200年近く前の1500ドルです)―恐らく全財産をはたいたのです。それが「贖いの代価」です。イエス様は、私達を死からも、悪の力からも自由にするために、自分自身を与え尽くす生き方をされたのです。そのイエス様に近くあるということは―(繰り返しますが)―イエス様に倣って「仕える生き方」をすることなのです。
 

2:適用~仕える生き方

 最初に「天の御国に向かって永遠の価値のある生き方をしたい」と申し上げました。その生き方を、イエスはここで教えて下さっているのです。それは「仕える者になる」、「仕える生き方をする」ということです。
しかしその生き方は、おそらく私達の自我に真っ向からぶつかる生き方なのです。私達は、人に仕えるより仕えられたいのです。人の先に立ちたいのです。ある人が言いました。「人間は支配合戦を繰り広げている。意識しているかどうかは別として、相手を支配して、相手を自分の願い通りに動かそうとする」。夫婦の間で、家族の間で、色々な人間関係において、どうして私達は不機嫌になるのでしょうか、イライラするのでしょうか。それは「人が自分の願ったように動いてくれない、してくれない」と言って不機嫌になっているのではないでしょうか。相手を自分の思うように動かしたいと願う。それは―(激しい言い方をすれば)―「支配したい」と願うことではないでしょうか。身近な人間関係から、国と国との争いに至るまで、私達は、そういう考え方に縛られているのではないでしょうか。
 そんな人の世に、天の御国の全ての栄光を捨てて、イエス様は飛び込んで来て下さったのです。仕えるために、多くの人の贖いとして自分の命を差し出すために、来て下さったのです。支配合戦を繰り広げている私達の一番嫌うことは何でしょうか。小さく見られること、低く見られること、馬鹿にされること、恥をかかされること、無視されること、評価されないこと等々ではないでしょうか。しかしイエス様は、その全てを引き受けられたのです。呪いの言葉を口にせず、復讐せず、罵られても罵り返さず、人に仕え尽くし、人を愛し尽くし、十字架に至るまで、黙々とそのような道を歩まれたのです。当時の宗教家がイエス様のことを理解出来なかったのは、そのような姿勢です。宗教家も支配合戦の中にいたのです。そんな中でイエス様の「下に、下に行く生き方」は、彼らには理解出来なかった。結局イエス様は、人の目には最低の生き方をされました。既に600年前、イザヤ書はイエス様のことを「人が顔をそむけるほどさげすまれ」(イザヤ53:39)と預言していました。しかしその「仕える生き方」、「僕としての生き方」は、神が人に願っておられる「人のあるべき生き方」だったのです。だから神の目には、最も偉大な生き方でした、偉大な生涯でした。それが神の見方でした。だから神様は、イエス様を甦らせました。そして天に引き上げ、神の右の座に着かせられたのです。
 斉藤宗次郎という人を以前もご紹介しました。宗次郎は1877年、岩手県花巻市で生まれた。小学校の教師になり、内村鑑三の影響を受けて聖書を読むようになりました。そして1900年、23歳で洗礼を受け、花巻市で初めてのクリスチャンになりました。キリスト教がまだ「耶蘇教」とか「国賊」とか呼ばれ、人々から迫害を受けていた時代でしたから、彼はクリスチャンになった日から、親からは勘当され、町を歩いていると「ヤソ」「ヤソ」と嘲られ、石を投げられた。そして、謂われのない中傷を何度も受け、ついには小学校の教師を辞めるはめになります。また宗次郎の長女は、「ヤソの子供」と言われ、腹を蹴られ、それが元で腹膜炎を起こし、9歳という若さで天国に帰りました。それでも彼は、信仰に生き続けたのです。教師を辞めた彼は、新聞配達をして生活をするようになりました。毎朝3時に起きて、雨の日も、風の日も、20kg以上ある新聞の入った風呂敷包みを背負って駆け足で配達して回りました。また、あのように自分の娘を失ったのにかかわらず、冬に雪が積もると、彼は小学校への通路を雪かきして子供達のために道を作りました。小さい子供は、抱っこをして校門まで運んで上げました。自分の娘を蹴って死なせた子供達のために働いたのです。彼は雨の日も、風の日も、雪の日も休むことなく、地域の人々のために働き続けました。また、新聞配達の帰りには、病人を見舞い、励まし、慰めました。やがて彼は、東京に引越しすることになりました。見送る人はいないだろうと思っていましたが、彼を見送るために、彼を迫害していたはずの町長や、学校の先生や、沢山の生徒、また神社の神主、お寺の僧侶、町中の人々が集まりました。駅は200人の人で一杯になりました。人々は、宗次郎がいつもしていたことを見ていて、感謝をしにやって来たのでした。その中に、あの宮沢賢治もいたのです。宮沢賢治は、日蓮宗の信者でしたが、宗次郎が東京に着いて最初に受け取った手紙は、賢治からの手紙でした。やがて賢治は、宗次郎の姿を下敷きに有名な「雨ニモマケズ」の詩を書きます。詩の最後は「そういう者に―(宗次郎のように)―私はなりたい」と結ばれています。賢治は、宗次郎の姿に感銘を受けたのです。なぜでしょうか。支配合戦、人間と人間がいがみ合い、憎しみ合う世界にあって、彼の「仕える生き方」は、賢治の心を打った。あるいは宗次郎の仕える姿は、あれ荒んだ町の人々の心を癒したのです。それは、それこそが人の生きるべき本来の生き方、真実の生き方だからだと思います。天国から見て偉大な生き方だからだと思います。だからこそイエス様は、私達にも仕える生き方をしないと―(「それこそが天国を目指す者の求める生き方だ」と)―言われたのではないでしょうか。
 しかし私達は、私達の自我に真っ向からぶつかる「仕える」という生き方が出来るのでしょうか。ある人が言いました。「自分の妻に、夫に、家族に、同僚に…1日でも仕えようとすると苦しい。『何で俺が(私が)こんなことをしなければならないのか』というような思いが湧いて来る」。もちろん、仕えるということは、相手の言うことを何でも聞いて、ハイハイと従うことではない。それは何より、心の姿勢、生き方の姿勢の問題です。相手を生かそうとする積極的な生き方だと思います。そしてそれは、そのまま「愛すること」と言い換えても良いと思います。その意味で、ある牧師が言いました。「愛するということは、耐え難いことを耐えることだ」。愛するということは、本当に愛するということは、こちらが幸せを感じるというようなこととは少し違うのではないでしょうか。それは相手を生かすことなのです。そしてそれは、きっと苦しい、難しいことなのです。でもマザー・テレサは言いました。「苦しみは、それ自体は虚しい。しかし、キリストの受難を分かち合うための苦しみは素晴らしい。キリストの苦しみを分かち合う苦しみは美しい。人が神に捧げ得る最も麗しい贈り物は、キリストの苦しみを分かち合うことです」(マザー・テレサ)。イエス様は、人を生かすために、立て上げるために苦しまれました。私達も、人を生かすために、誰かの心を癒すために、苦しむ時、それはキリストの苦しみを分かち合っているのではないでしょうか。それは、決して虚しい苦しみではない。神の前に大きな生き方なのです。
 しかし、それでも難しい。しかし最後の部分にこうあります。「偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい…人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさい。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり…」(43~45)。イエス様が「そうしなさい」とおっしゃるのです。「私達にも、仕える生き方、僕となる生き方が出来る」ということではないでしょうか。
 ヤコブとヨハネは、イエスの十字架の時は逃げてしまいますが、主の復活の後、やがてヤコブは、主の証しのために殉教します。ヨハネは長い生涯を生きますが、その生涯、キリストのために犠牲を捧げ続けるのです。2人の在り方は異なりました。でも2人とも、主の苦しみを分かち合うことが出来たのです。そして私達も、同じイエス様の弟子なのです。弟子として「身の丈に合った仕える生き方」があるのではないでしょうか。なぜなら私達も、同じようにイエス様に仕えてもらっている者です。命まで下さるほどに仕えて頂きました。いや、もっと身近に言うと、礼拝がそうです。礼拝のことを英語では「サーヴィス」と言います。奉仕です。それは、神が私達に奉仕して下さる、という意味でのサーヴィスなのです。私達は礼拝の場で霊的な、信仰的な、何かを頂くのではないでしょうか。そのように礼拝を通して、祈りを通して、御言葉を通して、神が私達に仕えて下さるのです、私達を支えて下さっているのです。私達は、「私には出来ない」と思うかも知れません。しかしCSルイスは言いました。「失敗しても気にせずに、またやり直せばよい…神の助けは、多くの場合、何回もやり直すという力を増すために与えられる」(CSルイス)。何度も失敗しながら、でも神の助けを頂いて「仕える生き方」を求めて行きたいと願います。そこで私達の内に育てられる品性、それこそが、私達が天の国に持って行けるものだし、神の前に大きなものなのです。
 イエスは40節で「わたしの右と左にすわることは、わたしが許すことではありません。それに備えられた人々があるのです」(40)と言われました。私にはこの言葉は「私達のその生き方に対して、神様が相応しい報いを備えていて下さる」、そのようなメッセージとして響いて来るのです。だから後のことは全て神に委ねて、仕える生き方、人を真に愛する生き方、にチャレンジして行きたいと願うことです。天国に持って行ける品性を育てる、それこそ、私達がこの地上で為すべき大切な御国の備えです。