2022年10月 佐土原教会礼拝説教

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聖書箇所:マルコ福音書12章18~27節   

 天国では何語を話すでしょうか。ある宣教師のお祖父様は「天国ではドイツ語を話す」と信じておられたそうです。メノナイトがヨーロッパから北米に移住して来て、やがて若い世代が、ドイツ語ではなく英語を母国語とするようになった時、北米のメノナイト教会では「礼拝の言葉をドイツ語から英語に変えよう」という動きになりました。その時、「天国ではドイツ語を話す」と信じていた人達は、「『天国の言葉を捨てるのか』と言って大反対をした」ということです。天国では何語を話すのでしょうか。恐らくドイツ語ではないと思います。それは、いくら考えても、私達には分かりません。天国のことを地上の常識で理解しようとしても無理なのです。
 こんな話も聞きました。地獄では何語を話すのか。ロシア(旧ソ連)も大規模なユダヤ人迫害があった国ですが…。旧ソ連(ロシア時代だったかも知れません)で投獄されていたユダヤ人のラビが、牢獄でへブル語の勉強をしていました。看守が聞きました。何をしているのか。「天国に行った時のためにヘブル語を勉強しているのです―(天国ではヘブル語を話すと信じていたのでしょう)」。看守は言いました。「お前は、天国に行くとは限らないだろう。地獄に行った時はどうするのだ」。ラビは言いました。「それなら大丈夫です。ロシア語はもう知っています」。(「地獄ではロシア語が話されている」という皮肉を込めたジョークです)。
さて、イエス様は、受難週の始まる日曜日、エルサレムに入城され、その週の金曜には十字架につかれますが、それまでの4日間、ユダヤの指導者達に数々の議論を挑まれます。ここではサドカイ人が登場して、イエスに「復活問題」を問います。権力者達は、イエスを何とか潰したい。そこで彼らの狙いは、神学的な面でイエスをやり込めて、人々の前でイエスの立場を失墜させ、人々の気持ちをイエスから離れさせる、そういうことにあったと思います。
今日も「内容」と「適用」と2つに分けて信仰の学びをして行きます。
 

1:内容~聖書を知り、神の力を知る

 当時のユダヤ教には、色々なグループがありましたが、サドカイ人は祭司階級(特権階級)の人々です。彼らの信仰的な特徴は、「旧約聖書」の「最初の5つの本(モーセ五書)」しか、その権威を認めないということでした。しかし「モーセ五書」には「死者が復活する」という記述はない。だから彼らは、「死者の復活」を認めませんでした。「この世の生活(祝福)が全て」でした。しかしイエスは、「死者の復活」を教えられました。そこで、その点でイエスを神学的に追い詰めようとしたのです。
 そのために彼らが持ち出したのが「レビラート婚」の規定でした。「モーセ五書」の「申命記」に次のようにあります。「兄弟がいっしょに住んでいて、そのうちのひとりが死に、彼に子がない場合、死んだ者の妻は、 家族以外のよそ者にとついではならない。その夫の兄弟がその女のところに、はいり、これをめとって妻とし、夫の兄弟としての義務を果たさなければならない。そして彼女が産む初めの男の子に、死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルから消し去られないようにしなければならない」(申命記24:5~6)。これは、家族の名前が継承されるように、家族の財産が散逸しないように、そのための決まりです。彼らはこの法を基に「7人の兄弟とレビラート婚をした女性」の譬話を持ち出します。「結局、子供が一人も生まれないで、やがてその妻も死んでしまって、それから後に、いつの日か皆が甦るとなると、どうなるのか。地上に生きている間は、いつも一人ずつ夫になったけど、その時は目の前にかつて夫であった者が7人並んでいる。天国でこの女は誰と住むのか」。彼らは、イエスに答えを教えて欲しい訳ではありません。彼らの中では、答えは決まっています。「掟に従えば一人の女が何人もの夫の妻に同時になるということは考えられない。掟に背くことになる。神の掟には矛盾がないはずなのに、矛盾が起きて来るではないか。だから神の掟は、復活など前提にされていないのだ。結局、復活などないのだ。復活を信じることは、おかしなことなのだ」。彼らはそう言うのです。
それに対して、イエスは言われます。「そんな思い違いをしているのは、聖書も神の力も知らないからではありませんか」(24)。「あなた達がそんなことを言い出すのは、聖書を知らないからだ、神の力を知らないからだ」と言われるのです。
 

1)「聖書を知らない」とは、どういうことか

 サドカイ人は、「『モーセ五書』に書いていないから復活は信じない」と言います。しかし「モーセ五書」も「復活」について語っている。「それに、死人がよみがえることについては、モーセの書にある柴の個所で、神がモーセにどう語られたか、あなたがたは読んだことがないのですか。『わたしは、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあります。神は死んだ者の神ではありません。生きている者の神です」(26~27)。「柴の箇所」というのは「出エジプト記3章」の「神がモーセに呼びかける箇所」です。そこで神は、ご自分のことを「わたしは、あなたの父の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神で“ある”」(出エジプト3:6)と現在形で自己紹介しておられます。「リビングバイブル」は、27節をこう訳します。「実際には、これらの人達は数百年も前に死んでいたのに、神はモーセに、彼らはなお生きていると教えられたのです。そうでなければ、すでに存在していない人の『神である』などと、おっしゃるはずがありません。あなたがたは、この点で決定的なまちがいを犯しています」(27リビング・バイブル)。「旧約聖書」の他の個所には、「死者の復活に類する」記述があります。しかしイエスは、サドカイ人が認めている「モーセ五書」を用いて「『死者の復活』について聖書は語っているのだ、あなた達にはそれが分らないのか」と言われたのです。
 実際、もし死者の復活がないとしたら、私達の信仰は、「死」を前にして一体どんな意味を持つのでしょうか。「あの人は信仰熱心だったけど、結局死んでしまったよね」で終わりです。100年程前のアメリカに有名な2人の説教家がいました。1人はD.L.ムーディーという人、もう1人はR.G.インガソルという人でした。ムーディーは、キリスト教の説教者です。インガソルは、弁護士であり、政治家でした。2人には共通点がありました。2人とも多くの人々に影響を与えました。多くの人が2人の話を聞くために集まって来たのです。そして2人は、同じ年(1899年)に死にました。しかし違う点もありました。ムーディーは、生涯イエス様を語りました。インガソルは非常に強くキリスト教に反対し、聖書を軽蔑した人です。そのゴールはどうだったでしょうか。インガソルが死んだ時、奥さんは夫の死を受け入れることが出来ませんでした。彼女は、葬儀も出せなかったのです。絶望に包まれた遺体は、家の中に置かれたままになっていました。衛生的な理由で、国が強制的に葬式をさせたのです。一方ムーディーは、亡くなる直前、家族に向って叫ぶのです。「地が退き、天が私の前に現れる。今私はあまりに美しい光景を見ている。これが死だったらあまりに素晴らしい。あぁ神が私を呼んでおられる。私は行かなければならない。私を引き止めてくれるな」。彼の葬儀は、まるで祝会のようだったそうです。何と言う違いでしょうか。そのように、私達の信仰は、最後の勝利に繋がる信仰でなければ、それは虚しいと思います。
 だからこそ私達の信仰は、復活に目を向ける信仰、地上生涯を、むしろ仮住まいと考える信仰、そのような信仰でありたいのです。それは、死に行くためだけではありません。生きるためにも大切なことです。私は良く森繁さんの話をしますが…。彼はアメリカで信仰を持ちますが、「日本人に伝道したい」と思って日本で教会を始めたのです。しかしアメリカ人の奥様は、日本の生活に馴染めなかったそうです。だんだん落ち込んで行かれました。彼は、家族のためにアメリカに帰り、「日本に一番近いアメリカ」と言うことでハワイに住みました。しかし仕事がない。ようやく見つけたのがマカデミアン・ナッツの農場で草を刈る仕事でした。もの凄く雨が降る。ずぶ濡れになりながら働くのです。彼は神に叫びました。「神様、私はここで何をやっているのでしょうか。伝道も出来ません。伝道できなければ生きている甲斐がありません」。でも、やがて彼の祈りは変えられました。「もしあなたが私にさせたいことが、ここで家族の面倒を見ることだったら、私はやります。一生でもやります」。そう祈ることが出来るようになった時、彼に与えられた印象は「神は1人ひとりにちょうど良い仕事を与え、そして神が与えて下さった事を忠実にやる時に、仕事の大小はない、天においては、褒美は同じだけもらえる」ということだったそうです。天を目指し始めた時、彼は解放されたのです。私達の生きる現実にも言えることではないでしょうか。復活の希望が、今の私達を生かすのです。日常に起こる様々な試練にも耐えさせるのです。復活を目指す信仰、それこそが、私達に、この世を前向きに生かして行く信仰、聖書の信仰なのです。
 

2)「神の力を知らない」とは、どういうことか

 イエス様は、サドカイ人に「あなた方は神の力を知らない」とも言われました。なぜサドカイ人が「復活はない」と言うのか。彼らは「地上で何回も結婚した人は、復活したらおかしなことになるだろう。だから復活などないのだ」と言うのです。しかしイエスは言われました。「人が死人の中からよみがえるときには、めとることも、とつぐこともなく、天の御使いたちのようです」(25)。「めとることも、とつぐことも」という言葉は、「レビラート婚」を指す言葉のようですが、要するにイエスが言おうとしておられるのは「今の世と後の世は違う」ということです。「人の在り方も、今の世のあり方と復活の世のあり方は違う」と言われるのです。人は、今のこのままの状態で復活を、復活の世界を、生きるのではないのです。
 私がある集会で「復活と永遠の命」の話をしていた時、1人の女性の方が言われました。「永遠の命ですか、疲れそうですね」。今の私達のように、様々な重荷、とりわけ罪の重荷、そして悩みや問題、そのようなものを抱えて生きて行くとしたら、永遠の命を生きるのは疲れそうです。でも神は、そんな形では復活を与えられないのです。「天の御使いたちのようです」(25)とあります。私達は復活させられるだけではなく、その時は罪を取り除かれ、罪のない者、罪の重荷のない者として「神の御手に抱かれている天使のような存在」に変えられて、天に存在するということです。
 それでも「めとることも、とつぐこともなく」、この言葉に私達は違和感を覚えるかも知れません。というのは、地上において結婚関係や家族関係・親子関係というのは特別な関係です。この言葉を読むと「地上の家族の関係が天上ではなくなってしまうのだろうか」、そんな寂しさを覚えるかも知れません。しかし、ある牧師が病床の父親に洗礼を授けることになりました。洗礼を授ける時、父親に向かって「○○兄弟」と呼びかけた時、「お父さん」と呼ぶ以上の喜びがやって来たと言います。家族の交わりの喜びを超える交わりが信仰の家族として与えられるのかも知れません。しかも、神の愛を浴びるように受けてそこに存在するのです。私達は、それ以上の喜びの必要を感じないような満足を与えられるのではないでしょうか。しかし神学者は言います。「恐らく、その上にさらに地上の家族の交わりの喜びも、私達が思い描くことができないような仕方で回復して下さるに違いない。やがて復活の世界でも懐かしい家族に再会する特別の喜びも、神はそこに添えて下さるのでしょう」。それ以上のことは、私には分かりません。いずれにしても復活の命というのは、その質において私達の考えを遥かに超えた世界なのです。神の力がそれをもたらすのです。
 サドカイ人は、その神の力を知らない。だから自分の常識(地上の常識)でしか復活を考えられないのです。だからイエス様は、彼らに向かって「あなた方は神の力を知らない」と言われたのです。戦火を逃れてアメリカに難民としてやって来たアフリカの人が言ったそうです。「アメリカの人は神を知っているかも知れないけど、神にどんなことができるかを知らない」。私達は、復活の問題に関わらず、神の力を小さく考えているところはないでしょうか。神は、無から有を造られたお方です。私達も、
イエス様から「そんな思い違いをしているのは…神の力(を)知らないからです」と言われないように、神を小さくしないようにしたいと願います。
 

2.適用~神との関係を生きる

 先程、「私達の信仰は『復活』を目指す信仰でありたい」と申し上げましたが、「『復活』を目指す信仰」とは、どういうことなのでしょうか。
この個所の平行個所である「ルカ福音書20章35節」にはこうあります。「次の世にはいるのにふさわしく、死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる人たちは、めとることも、とつぐこともありません」(ルカ20:35)。私達は「復活するにふさわしい者」と認められなければなりません。つまり「『復活』を目指す信仰」とは、今ここで「死人の中から復活するのにふさわしい、と認められる…」ことを目指す信仰だとも言えるのではないでしょうか。どうすれば良いのか。それはもちろん「イエス様への信仰」に依ることです。イエス様を信じることです。「それが全てだ」と言って良いでしょう。しかし、私はこのことを少し違う角度から考えたいのです。
 どうして「旧約聖書」の中には「復活」についてあまり書かれていないのでしょうか。もちろんそれは、「旧約聖書」の限界だったのかも知れません。しかし、ある神学者が言っています。「旧約においては、もともとそのようなことに興味がなかったのではないか。それは『人間は死んだらおしまいだ』等と考えていたからではない。神は生きておられる。この生きた神との生きた関係の中にある、その生活を今ここで生きるならば、死んだ後のこと等については思い煩わなくて済むことを確信していたからではないか」。似たことを、フッタライト―(私達の親戚)―の現長老が言っています。「もし、私達が神の命令に従順に服従して生活しているなら、私達は神の恵み深い御手の内にあることは確実です。私達は、それ以上救いについて心配する必要はありません。むしろ私達は、主を畏れ、狭い道を歩こうと務めるだけです。罪と闘い、兄弟愛を実行しましょう。そうしている以上、救いに入れないなどということが、どうしてあるでしょうか」。
 つまり「復活」というのは、もちろん死後の話ですが、しかし「永遠の命」というのは、死んでから始まる命ではありません。今ここで始まっている命なのです。神との関係の中に生き始める時、既に永遠の命を生き始めるのです。この世的に言う「死」は、通過点に過ぎません。その意味では、私達にとって大切なのは、今ここで「神とのしっかりした関係」を生きることなのです。ある聖書学者がこう言いました。「神は、神に仕え、神を愛する人に対して、その人の神であることを止めることが出来ない」。私達の神でいて下さる方は、たとえ私達の地上の命が終わろうとも、私達の神でいて下さることを止めることはなさらないのです。であれば、「神に仕え、神を愛する人に対して…」と言われているように、私達の考えることは、今ここで神に仕え、神を愛することでしょう。
 神に仕え、神を愛する、色々な仕え方があります。ある人がアメリカで、朝、道を歩いていたら「モーニング・サービス」の看板があったので、「朝食でも」と思って中に入ったら「教会だった」という話があります。礼拝のことを英語では「サービス」と言います。礼拝もサービス(仕えること)なのです。以前「礼拝は、神が私達に仕えて下さる場だ」と申し上げましたが、もちろん逆も言えます。私達が礼拝を捧げることによって神の栄光が現れるのです。もっと言うと、ある牧師は「神を愛する方法、それは神を礼拝すること、それ以外にありません」と言い切っています。私達も礼拝を大切にしたいと思います。
 しかし、聖書はまた言います。「愛によって互いに仕えなさい。律法全体は、『隣人を自分のように愛しなさい』という一句によって全っとうされるからです」(ガラテヤ5:13~14)。「何をするにも、人に対してではなく、主に対してするように心から行いなさい。あなたがたは、御国を受け継ぐという報いを主から受けることを知っています。あなたがたは主キリストに仕えているのです」(コロサイ3:23~24)。人に仕えることを通して神に仕えて行く、それも大きな要素ではないでしょうか。こんな話があります。マルチンは、ローマの兵士でした。ある寒い日、彼が町に入って行くと、物乞いが彼を呼び止めて施しを求めました。マルチンは、お金は持っていませんでしたが、物乞いが真っ青な顔をして寒さに震えているのを見て、自分のすりきれた軍服の上着を取り、2つに切ってその半分を物乞いに与えました。その晩、彼は夢を見ました。場所は天国で、天使の間にイエス様がローマ兵の上着の半分を着ておられました。1人の天使が「主よ、どうしてそんな古い上着を着ておられるのですか」と尋ねると、イエス様は静かに答えられました。「私のしもべマルチンがくれたのだ」。私達が人に仕える時、その業を、イエス様が全部受けていて下さるのです。
 いずれにしても、本当に神に仕えて生きようとすれば、サドカイ人のような「議論のための議論」をしている暇はありません。この生涯は1度限りの大切な生涯です。でもそれは、サドカイ人のように「この世が全て」だから大切なのではありません。「復活」に備えるためのたった1度の機会だからです。与えられている地上の生涯を、来るべき「復活」の命に備えて大切に生きて行きたいと思います。
 

聖書箇所:マルコ福音書12章13~17節  

 カナダにいる時、あるメノナイト教会の方から「カナダの政治」について話を聞く機会がありました。その人は教会で歌うことが大好きでしたが、私は、彼が讃美歌以外の歌を歌っている姿をイメージすることが出来ませんでした。政治の話をしていたこともあって、「この人は『Oh, Canada-(カナダ国家)』を歌うのだろうか」とフト思いました。「Oh, Canada」は、「神がカナダを祝して下さるように」という、「神が主語」の歌なのですが、それでも「愛国主義」的な歌なので、私は単純に興味があって聞きました。「あなたは『Oh, Canada』を歌うのですか」。そうしたら、彼は言いました。「イエス様も『カイザルのものはカイザルに…』と言われているだろう。だから歌うよ」。
 そのように「カイザルのものはカイザルに返しなさい…神のものは神に返しなさい」(17)の言葉は、「教会と国家」、「信仰と政治」といった問題を語る時に、良く引用される言葉ではないかと思います。しかし、私はこの箇所を学んで、イエスが「カイザルのものはカイザルに返しなさい…神のものは神に返しなさい」の言葉に込められた意味を改めて教えられたような思いがします。「内容」と「信仰生活への適用」とお話しします。
 

1:内容…「カイザルのものはカイザルに返す」

 13節に「彼らは、イエスに何か言わせて、わなに陥れようとして、パリサイ人とヘロデ党の者数人をイエスのところへ送った」(13)とあります。「受難週」の火曜日の出来事が続いています。イエスは、これまで「祭司長、律法学者、長老達」を相手に議論をして来られました。「彼ら」というのは、「祭司長、律法学者、長老達」でしょう。「宮聖め」によって「イエスへの敵意」を決定的にした彼らは、すでに「イエスを殺そう」と思っていました。しかし彼らには、「指導者」としての立場があります。出来るだけ合法的にイエスを葬り去らなければなりません。イエスが法に背く者であることを明らかにするか、「イエスを潰そうとする自分達の方が正しい」と人々から認められる道を探らなければなりませんでした。そうした状況で彼らは、パリサイ派の者とヘロデ党の者をイエスに送ります。パリサイ派は、ユダヤ至上主義、どちらかというと反ローマ派です。ヘロデ党は、親ローマ派です。この両者は、普段は仲が悪いのです。その対立している者達が手を携えてやって来たのです。それだけでも怪しい接触です。
 彼らは、1つの質問をします。「カイザル(皇帝)に税金を納めることは律法にかなっていることでしょうか、かなっていないことでしょうか。納めるべきでしょうか、納めるべきでないのでしょうか」(14)。当時ユダヤは、ローマ帝国から送られた総督によって統治されていて、その下で最高議会が自治政府として自治を行っていました。「ローマに支配されている」ということは、具体的には「ローマに税金を徴収されている」ということでした。自分達が望んだことではありません。心ならずも支配され、嫌々ながら税金を払っているのです。しかもユダヤ人にとって税金は、癪に障るだけではなく、「異邦人であるローマ皇帝に税金を納めることは、ユダヤの神を信じない者を王として認めることになり、それは神に背くことになるのではないか」、そういう信仰的な問題でした。事実、熱心党と呼ばれる過激なグループは、納税を拒否していました。やがて彼らは潰されるのですが…。そのように非常に微妙な―(起爆剤のような)―問題でした。
 ユダヤ人の多くは、税金から解放されることを願っています。そして彼らが待望しているメシア―(神からの遣い)―は、ローマの税金から解放してくれる人でなければならなかったのです。人々はイエスに、その期待を持っています。もしイエスが「皇帝に税金を納めることは良いことだ、神の道に適っている」と答えるなら、それは直ちにイエスの回りに集まっている人々を失望させ、イエスから引き離すことになりました。一般の人々にとって、その答えは「イエスは神から遣わされた者ではない」という判断の材料になったのです。一方、「ローマに税金を納めなくても良い」と言えば、直ちに「ローマへの反逆を扇動した」と言うことでローマに訴え、ローマの手で―(自分達の手を汚さずに)―イエスを処刑することが出来ました。どちらに答えても、イエスを不利な状況に追い込むことが出来る質問だったのです。そのために―(イエスがどちらに答えてもその後の段取りが取れるように)―反対の立場の人々が手を携えてやって来たのだと思います。
 それに対してイエスは、答の取っ掛かりを「デナリ銀貨を持って来て見せなさい」(15)というところに求められます。デナリ銀貨というのは、ローマの貨幣です。その銀貨には当時の皇帝(カイザル)である「ティベリウスの肖像」と「ローマ皇帝は神の子である」という文字が刻印されていました。イエスは持っておられませんでしたが、彼らは持っていました。それは、彼らが普段からデナリ銀貨を持ち歩き、使っていたということです。特にローマに税金―(通行税その他)―を納めるために持ち歩いていたのでしょう。「カイザルに税金を納めることは律法にかなっていることでしょうか、かなっていないことでしょうか。納めるべきでしょうか。納めるべきでないのでしょうか」(14)と彼らは聞いて来ました。しかし現実には、ローマ皇帝に税金を納めることを前提として生きているのです。イエスは聞かれます。「これはだれの肖像ですか。だれの銘ですか」(16)。彼らは嫌でも「カイザル(皇帝)のものです」と言わざるを得ません。そこで「カイザルのものはカイザルに返しなさい」と言われたのです。 
「カイザルのものはカイザルに返しなさい」とはどういう意味なのか。「カイザルのもの」というのは、現実の政治支配に関することでしょう。現実として彼らは、ローマ帝国の下でカイザルの支配を受け入れながら暮らしています。税金を納めることを前提として生きているのです。だからイエスが言われた「カイザルのものはカイザルに…」は、「キリスト者と政治の関係の原則について教えよう」とされたと言うより、むしろ、彼らの偽善を指摘した言葉なのです。それは「あなた達は既に皇帝の権威を認めて、受け入れているではないか。改めて問わなくても、あなた達がしているようにしたら良いではないか」、そういう意味の言葉だと思います。要するにイエスは、彼らの「偽り」を暴いて、それを返事とされたのです。しかしイエス様は、そこで議論を収めるのではなくて、彼らが本当に問わなければならないことに彼らの目を向けさせられるのです。それが「神のものは神に返しなさい」の言葉なのです。
「神のもの」とは何でしょうか。「カイザルのもの」を「税金」が象徴したように、「神のもの」とは「神殿税」でしょうか。そうではありません。デナリ貨幣には、皇帝の像が刻まれていました。だから「皇帝のものだ」と、イエスは言われました。同じように、神の像が刻まれているものがあるのです。私達一人ひとりです。「創世記」には「神は…人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された」(創世記1:27)とあります。私達は皆、神の姿を宿している。心には神の言葉が刻まれている。良心の声です。私達には「神の肖像と神の銘」が刻まれているのです。イエスがここで言われたのは「税金については、改めて問わなくても、いつもしているようにすれば良いではないか。しかし本当に問わなければならないことは、ローマに税金を納めることが律法に―(神の御心に)―適っているかどうかではない。その前に、あなた達自身が『神のもの』として、本当に神の主権を認めて、自分を神に返しているかどうかなのだ」ということだったのです。
 

2:適用…「神のものは神に返す」

 では「自分を神に返す」とはどういうことでしょうか。
私は、兄弟姉妹のご葬儀の説教をさせて頂きながら―(お別れは悲しいですが、一方で)―「天国が約束されているということは幸いなことだなあ」と思うことが多いのです。「天国が約束されている」ということは、「死んだ時に突然、天国に運ばれて行く」ということではありません。「天国へ向かうその生涯を、主が導いて下さる」ということです。悲しみの時には慰め、助けが要る時には助けを与え、人生のあらゆる場面に恵みを添えて下さる、ということです。死の間際にも、私達はそこで主の「恐れるな、安心しなさい」の声を聞くのです。そのような恵みに対して、私は何かしたかというと、自分の歩みを振り返ると、何もしていない。ただ憐れみによって神のものとされ、恵みの中を生かされて行く、その幸いを思います。その幸いは、「イエスの十字架と復活」にかかっているのです。私達には「十字架と復活」という土台の上に生かされている今があり、私達は「十字架と復活」によって開かれた天国への道を天に向かって歩いているのです。そう思った時、今置かれている状況そのものが測り知れない感謝なことだと思います。私は、ただ神様に心からの感謝を捧げて、与えられた人生を精一杯生きて行く、それを神様は喜ばれるような気がします。それが「自分を神様に返して行く」、1つの返し方ではないか、そんな気もします。
 しかし、もう少しこの個所に沿って考えてみましょう。この議論は、そもそも「宮聖め」から始まったのです。「宮聖め」、それはすなわち、神殿の礼拝行事は賑やかに行われている、けれども人々は、神の喜ばれることを選び取り、神の御心に生きようとはしていない、その人々の姿をイエスが悲しみ、怒られた出来事でした。イエスは「神の御心に従って生きることを求めなさい」と言われました。ここでもその声が響いているのです。
 この箇所の一番の問題は何かというと、彼らがイエスを口では褒めながら、罠にかけようとしてやって来たことですが、もう一歩踏み込んで考えると…。彼らはイエス様に言います。「先生。私たちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方だと存じています。あなたは人の顔色を見ず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです」(14)。私達は、人の顔色をみます。人を、社会の組織を恐れます。しかしイエス様は「人の顔色を見ず、真理に基づいて神の道を教えておられる」。しかし、彼らが本当にそう思っているなら、イエスが何かを教えられたら、それに従って生き方を変える用意がなければならないはずです。しかし彼らは、イエス様が何を言おうが、その言葉によって自分を変えよう等とは思っていない。そんな気持ちは全くない。それが私達にとってもチャレンジです。
 つまり、私達が「自分を神に返す」とは、イエス様の言葉を真理の言葉と信じるなら、私達も主の言葉を聞いた時に、神様に誠実を尽くして、精一杯、その言葉によって自分の生き方を変える、変えられる用意がなければならない、ということではないでしょうか。私達は、自分を神に捧げるように、神の言葉によって生かされようとしているのか。それがここで問われることなのではないでしょうか。
 ファン・ティー・キム・フックという方がおられます。この方は、少女の時代にベトナム戦争を経験しました。彼女は、アメリカ軍が彼女の村に投下したナパーム弾によって全身火傷の瀕死の重傷を負いました。何とか一命は取り留めたものの、以後12年間に17回の手術を受け、退院後も辛いリハビリを経験しました。回復はしたものの、体には大きな傷跡が残りました。「私をこんな目に遭わせた人達が死ぬほど憎い。彼らを同じように苦しませてやりたい」。怒りと憎しみは呪いとなって行きました。でも憎み続けることが辛かった。心を変えたかったのです。ある時、聖書に出会い、教会に導かれ、「誰でも心を開いてイエスを迎えるなら、その人の心にイエスが住み、重荷を取って下さる」というメッセージに触れ、「心の重荷を取って欲しい。平安を与えられたい」とイエスを信じる決心をしました。それから色々なことがあったのですが、受洗から10年が過ぎた頃、彼女は改めてイエス様の言葉を聞いたのです。「あなたの敵を愛し…あなたを憎む者に善を行い…のろう者を祝福し…侮辱する者のために祈りなさい」(ルカ6:27~28)。彼女は「こんな御言葉は実行できない。絶対無理だ」と感じました。しかし彼女は祈り始め、具体的に3つのことを始めました。1つは「なんで私なの」と言うことを止めました。代わりに「どうか私を救って下さい」と願いました。2つ目は「神様を信じて従おうとすること」を言い聞かせました。3つ目は「文句を言う代わりに、自分に与えられた祝福や素晴らしい出来事を数えること」です。4発のナパーム弾の真ん中にいた彼女は、死んでいても不思議ではなかった。でも生き延びた。そんな不思議を数え始めた。3つのことをしながら、さらに自分に苦しみを負わせた人達の名前を祈りのリストに加えて祈りました。長い時間がかかりました。でも敵である人のために祈れば祈るほど、彼女の心は柔らかくなって行きました。そしてある時、神様からの恵みが注がれました。「赦し」を実感することができたのです。彼女を苦しめていた「憎しみの心」から解放されたのです。その時は楽園にいるような思いだったそうです。やがて彼女は、彼女の村にナパーム弾を落としたアメリカ兵に遭うのです。彼の方は「民間人を傷つけた」という罪悪感に苦しみ続けていました。彼は、キム・フックさんに遭うなり謝罪を続けました。その彼を、キム・フックさんは抱きしめ、「もう赦している」と伝え、2人で祈ったのです。
 私は、彼女に教えられます。彼女にとってイエス様の言葉に従って自分を変えることは辛いことでした。私達も簡単に自分を変えることはできないでしょう。でも主の言葉によって自分が変えられるように願う、そういう信仰の誠実さを持ち続けることは大切ではないでしょうか。そして彼女が教えてくれるのは、祈りながら自分を変える作業、イエス様に従う作業に取り組んだということです。申し上げたように、私達は自分の力で自分を変えることはできないでしょう。祈りながら神に働いて頂かなければ、変わることはできないのではないでしょうか。私達には彼女のような劇的な体験はないかも知れない。しかし「イエス様の言葉によって自分の生き方を神に捧げる(神に返す)」その思いにおいては、同じところに立ちたいと願うのです。それが私達の信仰生活を前に導くのではないでしょうか。
 しかし、そうやって神に自分を返して行く時、恵みもあるのです。もう1つの証しを紹介して終わります。ある牧師の奥さんに胎の実が与えられました。しかし病院で診察すると、出産のためには産道を開く手術をしなければならない、ということになりました。ところがお医者さんから「手術では子宮をいじらなければなりませんので、お腹の赤ちゃんはダメかもしれません」と言われました。夫婦ともショックを受け、「神様、助けて下さい」と泣きながら祈るしかありませんでした。ところが手術の前の日、奥さんのお母さんが来て、メソメソしている娘に向かって言ったのです。「あなたはクリスチャンでしょ。だったら、神のものは神に返しなさい。お腹の子は神様のものでしょ」。お母さんはクリスチャンではなりません。でも聖書を必死に読んで、この言葉にぶつかって、何かを感じて伝えたのです。奥さんはその夜、次の日の手術を思って眠れない夜を過ごしている時、このイエス様の言葉がよみがえって来たのです。そして「『神のものは神に返しなさい』。そうだ、お腹の子は神様のものだ。もし神様が召されるのなら、それが神様の御心であり、それは一番良いことなのだ。神様が悪いことをされるはずがない」、そう思えたのです。そして、不思議な平安を与えられたのです。手術は成功し、お腹の赤ちゃんも無事でした。夫妻は「御言葉によって生きるということは、こういうことなのか」と教えられたそうです。この先生は言うのです。「『神のものは神に返しなさい』というこの主イエスの御言葉は、自分の持っているものを自分のものと思うが故に、それに縛られ、自由になることが出来ないでいる私共に対し、安心してそれを手放し、神様の御手に委ね、私共を自由にする、そういう恵みに満ちた、力ある御言葉なのです」。
 私達には様々な問題があります。心配事がない人はいないでしょう。しかし、神様に委ねるという道があるのではないでしょうか。イエス様は「神のものは神に返しなさい」(17)と言われます。「安心して神様に委ねなさい。全ては神様の御手の中にあるのだから。神様は私達1人1人を愛しておられるのだから。悪いことはなさらないから。大丈夫だから」。そう告げておられるのではないでしょうか。これが私達への励ましだと思います。
 イエス様は言われました。「自分の生き方を神様に捧げなさい。御言葉に本当に生きて行きなさい」。そしてまた語られます。「あなたは神様のもの。神様に委ねなさい」。イエス様の勧めと励ましを心に刻んで、信仰生活の階段をまた1つ、上って行きたいと願います。
 

聖書箇所:マルコ福音書12章1~12節 

 カナダで家庭集会をしていた時のことです。私は「終末」について説明をしました。「世界はやがて『今の世の終わり』の時を迎えます。神はこの世界を放ってはおられません。やがて必ず神の裁きの時が来ます。その時に、信仰者は裁きから守られて行くのです」というようなことを一生懸命しました。その話を聞いていた1人の姉妹がこう言われました。「でも先生、教会の牧師先生達は、今、先生が話されたことを本気で信じてはいないのでしょう。もし本気で信じているのならもっと熱心に伝道されるはずですよね」。何気なく言われた言葉でしたが、私には「伝道の姿勢」、それ以前に「信仰の姿勢」が問われる非常に厳しい―(また有難い)―言葉でした。キリスト者は、「イエスが再び来られる時―(再臨:今度は2000年前のように身を窶して来られるのではない、世界の支配者として来られる)」を待望しているはずです。でも私達は、普段どれだけそれを意識しているでしょうか。今日の個所は、そのようなことを問いかける個所です。
 受難週の火曜日の話が続きます。前回は「祭司長、律法学者、長老達」がイエス様に「権威についての問答」を仕掛けて来たという個所でした。「何の権威で神殿の中で勝手なことをするのか」、それに対してイエス様は、彼らの「自分達の権威を守ることが何よりも大切になっているその頑なさ」を確認して、「私も話すまい」と言われたのでした。
 今日の話はその続きです。イエスは、「祭司長達…」の質問に答えない代わりに、彼らに向かって1つの譬話をされます。1節「ある人がぶどう園を造って、垣を巡らし、酒ぶねを掘り、やぐらを建て、それを農夫たちに貸して、旅に出かけた」(1)。舞台設定です。「ぶどう園」、私達にはあまり馴染みがありませんが、イエスの話を聞いている人達はそうではありませんでした。「イザヤ書」にこうあります。「わが愛する者は、よく肥えた山腹に、ぶどう畑を持っていた。彼はそこを掘り起こし、石を取り除き、そこに良いぶどうを植え、その中にやぐらを立て、酒ぶねまでも掘って、甘いぶどうのなるのを待ち望んでいた…まことに、万軍の主のぶどう畑はイスラエルの家」(イザヤ5:1~7)。イエスが「イザヤ書」の言葉をなぞるように譬話をされたことが分ります。だから「旧約聖書」を良く知っていた彼らは、イエスが「イスラエルの状況」について語ろうとしておられることが分かったのです。
 ぶどう園には豊かな収穫がありました。主人は、収穫を受け取るために僕を遣わします。ところが農園を管理している農夫達は、送られて来る僕を次々にひどい目に逢わせ、最後は殺してしまいます。6節に「その人には、なおもうひとりの者がいた」(6)とあります。僕を送り尽くしてしまった主人は、自分の独り子を送ります。息子なら敬ってもらえると思ったのです。ところが農夫達は、「跡取りを殺せばぶどう園が手に入る」と言って息子まで殺してしまいます。しかし、ついに主人が戻って来て、農夫達に厳しい裁きを為し、ぶどう園を他の者達に与える。そういう話です。
 この譬話は、何を意味する譬話なのでしょうか。そしてこの個所は、どのような霊的なレッスンを語るのでしょうか。2つに分けてお話しします。
 

1.内容:譬話が「彼ら」に意味すること~神の悲しみと招き

 この譬話において、「『主人』は神様」、「『ぶどう園』はイスラエル(神の民)」、「『主人が送った僕』は預言者達」、「『農夫』はイスラエルの指導者達」、「『主人の息子』はイエス様」、ということになります。神は、イスラエルをエジプトから救い出し、救い出しただけではなく、一生懸命に人々の心を「神の民」に相応しく耕し、そうしながら約束の地カナンに導き入れられました。後は、実るための仕事を指導者達がコツコツとやれば良い状態にして、指導者を立てて、彼らがイスラエルを「神の民」として相応しく―(「心から神に従い、神の備えられた祝福の内に生き、そしてその祝福を他の民族にまで広げて行く、そのような民」となるよう)―導いて行くことを期待し、直接の導きを指導者に委ねられたのです。神ご自身は、神の民が窮屈さを感じない程度に、民から距離を置かれたのです。
 ところが、その指導者達が自分の役割を果たさない、誤った導きをする。彼らは、神の民を真の神に仕えさせようとするのではなく、ある時は神の御心に背くように導いたり、ある時は偶像礼拝に導いたりするのです。正しく神に実りを返さないのです。指導者が神の意に添わない導きをした時には、神は預言者を遣わして、彼らに「正しい道に立ち返れ、神の御心に適う歩みをせよ、御心に適う歩みをして神の祝福の中に戻れ」と呼び掛けを続けられたのです。神は、忍耐を重ねてそうされたのです。「旧約聖書」の「歴史書」や「預言書」は、その記録です。
 しかし、それでも彼らは、神の御心に添おうとしない。預言者の警告を無視し、時には預言者を邪魔者扱いして殺してしまいました。普通なら、そこで激しく怒って裁くところでしょう。しかし神は、それでも「指導者の―(民の)―悔い改めと立ち返り」を期待して、ついにはご自分の独り子を送られたのです。その御子を通して「神への立ち返り」を呼びかけられたのです。今この状況が、その状態なのです。今ここでは、「祭司長、律法学者、長老たち」が「邪悪な農夫」の役割を演じています。彼らは過去の指導者の誤りを知らないのではない。知っていても自分達の誤りには気づかない、自分のことは見えないのです。権威に酔って、権力に酔って、自分達の姿を省みることが出来なくなっているのです。
 彼らの一番の問題は何か。農夫達のやっていることは、常識的に考えれば滅茶苦茶なことです。僕を殴る、蹴る、殺す。息子が来たら「息子を殺せばぶどう園を手に入れることが出来る」と思って殺してしまう。「こんなことをしたら、すぐに主人が乗り込んで来ることは予想しなかったのか」と思います。しかしイエス様は、この極端な話を通して、彼らの問題を抉り出しておられるのです。その問題とは、「結局この農夫達は、主人を見くびっている、(もっと言うと)バカにしている」ということです。ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の中にこんな場面があるそうです。ある高位の聖職者のところにイエスが帰って来られる。ところが聖職者は、イエスが帰って来たと聞いて、困惑して、イエスを牢獄に入れてしまうのです。彼はイエス様に言います。「私達はあなた無しで上手くやっている。邪魔をするな。立ち去れ」。「イエス様が帰って来て困った、あなたがいない方が良い」というのです。当時の教会の退廃ぶりが背景にあると思うのですが…。この時の指導者達の信仰が―(本人達は自覚していないかも知れませんが)―恐らくそういう状態です。神殿礼拝を通して彼らは潤っているのです。人々の上に立ち、権威(権力)の座を享受していたのです。神などいなくても、このままの状態が続けば良かったのです。そしてここで「農夫達が、『あれはあと取りだ。さあ、あれを殺そうではないか』…」(7)と相談しているということは、もしかしたら彼らは、イエス様の中に何らかの「神性(預言者性)」を感じていたのかも知れません。しかし、もはやイエス様の中に神の業を見ようとはしません。無視するのです。
 その彼らに、イエスは言われます。「あなた方は父なる神に対する恐れを無くしているのではないか。神を見くびっているのではないか」。神の民イスラエルの指導者が神を見くびっている、あたかも神などいないかのように生きていたのです。ここに最も大きな問題があった。それが「神の悲しみ」であり「イエスの悲しみ」だったのです。神を見くびっている。神の存在を無視している。それはどういうことかと言うと、9節でイエスが語っておられる「やがて主人が戻って来る」ということを軽く考えているということです。神が「裁き主」として目の前に立たれる時が来るのです。ユダヤ人は、それを「主の日」と呼んで、待っていたはずなのです。しかし、それはもう形式的なものになっていた。実際は無視していたのです。
 一方で、この主人はなぜ、僕がひどい目に遭わされ続けているのに、僕を送り続けたのか。最後は1人残った息子まで送ったのか。神は、なお神の民イスラエルに期待して、彼らの「悔い改め」を待っておられるのです。だから神は、期待しながら真実を尽くしておられるのです。人間は、相手の出方次第で態度をどうにでも変えるでしょう。でも、神はそうではない。神は、ご自分の契約に忠実です。どこまでも真実です。だからイエスは、「神の真実」を語りながら、自分がどうしてここにいるのか。「あなた方の悔い改めを心から願い、神の願いを伝えるために来ているのだ」と語りながら、彼らを、神に立ち返るように、悔い改めに招いておられるのです。
 イエスは、最後に「詩篇」の御言葉をもって警告を語られます。この「詩篇118編」は、元々はイスラエルが引き上げられたことを詠う歌です。世界の力ある諸民族から見れば、イスラエルは、取るに足りない栄誉のない人々だと見なされていました。しかしそのイスラエルが、神の摂理によって、「神の民」として神の祝福を取り次ぐ特権を持つ民族になったのです。しかし今度は、イスラエルが今の高ぶりを捨てなければ、神の民としての特権は彼らを離れて行くのです。具体的には「家を建てる者たちの見捨てた石」というのはイエス様のことです。指導者は「自分達こそ神の家を造る者だと」と思っていた。彼らには、イエスが邪魔だった。それで「こんな者はいらない」と言って十字架につけてしまった。しかしその彼らの捨てた石(イエス)が、神の計画の中で、大きな役割を果たすのです。神の国―(神の恵みと守りの中で神と生きて行く特権)―は、イスラエルからキリストの教会へ―(家造りたちが見捨てたイエスを神として拝み、その石の上に生きて行く教会へ)―移し与えられることになるのです。その石(イエス)こそが大切だったのです。イエスは彼らに、悔い改めて、神の御心を求めるように招いておられるのです。その招きに応じなければ、自分達の上に裁きを招いてしまうのです。「だから今、悔い改めなさい」というイエス様の切なる訴えです。彼らは、イエス様の訴えを聞いて、自分達の間違いを恥じ、悲しむことが出来たのです。悔い改めて「神に帰ろう」とすることが出来たのです。しかし彼らは、それを「自分達に対するあてつけ」としか理解しなかった。「神の悲しみ、イエス様の悲しみ」を理解せず、逆に腹を立て、そして実際に神の独り子を殺してしまうのです。
 

2.適用:譬話が語るレッスン~神の悲しみに応える

 私達は、ここからどのような霊的な教訓を受け取れば良いでしょうか。譬話の主人は、「ぶどう園」をしっかりと整えました。「ぶどう園」には、実りが約束されていたのです。「ぶどう園」は、「神の民」のことです。今の「神の民」は、イエス様を信じる私達のことだと考えて良いでしょう。私達にとって「ぶどう園に実りが約束されている」とは、どういうことでしょうか。信仰とは、この世を厭なものだと思ったり、人生を価値のないものだと思うことではないと思います。神様から預かっているこの人生、この生活、それは不毛のものとして与えられているのではないのです。それどころか、実りを結ぶことが出来るものとして、神は整えて、今も整え続けて、私達に預けて下さっているのではないでしょうか。だからこそ、神に実りをお返しすることを期待されているのではないでしょうか。
 では、信仰的に見た「人生の実り」とは何でしょうか。「神を信頼し、神に感謝して生きる」、結局は、神はそれを何よりも喜ばれるような気がします。星野富弘さんが、苦しみのどん底で死を願っていた時、彼に大きな影響を与えたのは三浦綾子さんの言葉でした。「生きるということは権利ではなく義務です。私達は生きているのではなくて生かされているのです」(三浦綾子)。「こんな自分が生きていて良いのか」、そう悩み続けていた星野さんは、信仰を持ってから考え方が変えられました。「こういう自分でも生きていていいんだな。生きて立派なことをする、いい仕事をする、そういうことが人間にとっていちばん大事なことではなくて、とにかくこの生を神様に感謝して生きる、そのことが大事なことなんだ」(星野富弘)。そう考えて、神様に感謝しながら生きるようになられたのです。その思い、生き方を、神にお返しすることが大切ではないでしょうか。
 しかし、もう少し具体的に考えると、「人生を導く5つの目的」のリック・ウォレン牧師はこう言っています。「神の目から見た信仰の偉大なる英雄とは、この人生において繁栄を誇り、成功を収め、権力の座に就いた人のことでなく、この人生を一時的なものと受け止め、永遠において神が約束された報いを受け取ることを期待して、神に忠実に仕えた人のこと」(リック・ウォレン)。神様は、どうしてイスラエルに何人も、何人も預言者を送られたのでしょうか。イスラエルの人々が、特に指導者が、心を柔らかくして、神の方を向き直り、生き方を改めることを願われたからです。なぜでしょうか。イエス様は、この譬え話の最後で、やがて神の裁きがあることを語られたのです。彼らに、最後の裁きの時を、喜びをもって迎えて欲しいと願われたのです。その神の愛の視点から見た時、その神様を無視し、自分勝手な生き方をしている彼らの生き方を悲しまざるを得なかったのです。それでもなお愛された。だから預言者を送り続けられたのです。私は、この6節の言葉には、神の愛が凝縮して示されていると思います。
 千葉の神学校で1人の若い神学生が話してくれたのですが、彼は中学時代、それは酷い生活をしていたそうです。毎日のように喧嘩をしては問題を起こしていました。お母さんは教会で働く伝道師だったそうですが、何も出来ず、毎日、夜遅くまで泣きながら彼のために祈っていたそうです。彼は、それを聞いていました。結局、そのお母さんの祈りが、祈りの姿が、彼を変えて行ったそうです。お母さんの変わらない真実が、彼を立ち直らせたのです。私達は、色々なことはありますが、しかし様々な神の恵みの中で生かされています。先日もある方とお話をしていて「神様を知っているということは幸いなことですね」ということで話が終わりました。それは、神様がイスラエルと結んだ契約に真実であられたように、今も私達と結ばれた「新しい契約」にどこまでも真実でいて下さるからです。聖書に「わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる」(2テモテ2:13)とあります。ですから私達に対する「恵みの関係」を取り去ってしまわれないのです。この個所で「詩篇118編」が引用されていました。「家を建てる者たちの見捨てた石、それが礎の石になった。これは主のなさったことだ。私たちの目には、不思議なことである」(12:10)。この言葉は、次のようにも解釈出来ます。私達の人生には「捨ててしまいたいような苦い経験」があります。今その時を通っておられる方もあるかも知れません。しかし後で振り返ると、それが「人生の大切な礎」になっているということが多いのです。辛い出来事が、祝福の出来事に変えられるのです。神はそういうことさえして下さるのです。この御言葉にそのような恵みも覚えさせられます。いずれにしても、神は真実を尽くして下さっています。私達を愛して下さっているのです。
 しかし、そのように恵みを与え続けながら、でも一方で、御心に適わない私達の歩みに心を痛めておられる、涙を流しておられる、そういう面もあられるのではないでしょうか。その神の痛みを、悲しみを、私達はどこまで思っているでしょうか。以前も「私はなかなか人を赦せないでいる」という話をしましたが、一昨年の鬱の時には、神様に食って掛ったこと等も思い出され、神様を悲しませることの多い自分を思います。皆さんは、何か示されることはないでしょうか。私達も、示されることがあれば、その思いを、言動を、生き方を、少しでも神様に喜ばれる方に変えたいと願うのです。やがて私達もイエス様にお会いする時が来ます。私は、3年前のクリスマスに交通事故に遭い、その時、不思議な経験をしました。魂が神の前に連れて行かれる経験でした。神の前に立った時、足が震えました。「神の前に立つとは、こういうことか」と思いました。貴重な信仰体験だったと思いますし、警告だったと思っています。神様は、私達が神様を恐れるようにしてお会いするのではない、喜びに溢れてお会い出来ることを、願っておられるのではないでしょうか。そして「よくやった。良い忠実なしもべだ」(マタイ25:21)と褒めたいと、一緒に喜びたいと願っておられるのではないでしょうか。だから真実を尽くして下さっているのです。だからこそ私達は、イエスにお会いする時をゴールに定めて、今を、1日1日を、神様に喜ばれるように、主に忠実に生きて行きたいと願います。
 

聖書箇所:マルコ福音書11章27~33節 

 私にはこんな経験があります。かつて若い頃、私には「あの政党が良くない」と嫌っていた政党がありました。ところが、ある日、気づいてみたら、その政党に属する県会議員の方を応援する宴会に自分も出席していて、最後は「万歳、万歳」とやっているのです。自分の意志とか信念、そういうものがいかに芯のないものか、置かれた状況で簡単に変わってしまうものか、それを骨身に沁みて教えられました。拠って生きる権威ある存在が必要だと痛感しました。こんな話もあります。日本が国際連盟を脱退する頃の話だと思いますが、ある国際会議でドイツの代表が前に出て「ドイツ人は神以外のものを恐れない」と言ったそうです。次に日本の代表が出て来て「日本人は神さえも恐れない」と言いました。結局「神さえも恐れない」その頑なさで悲惨な戦争の道を突っ走ってしまうのです。この話も、拠って生きる権威、正しく畏れるべき権威を持つことの大切さを語っているような気がするのです。
今日の個所は、「主イエスの権威」について扱う個所です。「内容」と「適用」に分けて学びます。
 

1:内容~主イエスの権威を認めない罪

 前回は「イエス様一行が宿泊地ベタニヤからエルサレムに向かって歩いて行かれた時、『その前日にイエス様が呪われたいちじくの木が枯れていた』という出来事から、『真実の祈りがない、その背後に疑いがあった』という話」をしました。その続きになります。イエス様はそのままエルサレムの神殿に入られました。(続いて火曜日の出来事になります)。神殿の中を歩いておられると「祭司長、律法学者、長老たち」(27)がやって来て、イエス様に「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」(28新共同訳)と問うて来たのです。
 まず「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」とは誰かということですが…。神殿は、ユダヤ人の信仰の中心であると同時に政治の中心でもありました。この時、ユダヤ人国家は、ローマ帝国の支配の下、3つの小国に分かれて存在していましたが、特にエルサレムのあるユダヤは、直接ローマから送られる総督の下で、最高議会(サンヘドリン)が自治政府のような働きをしていました。「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」というのは、その構成員です。もう少し詳しく言うと「祭司長(たち)」がサドカイ派、「律法学者(たち)」がパリサイ派、「長老たち」が地域の代表、という形でした。その人々が、最高議会を構成し、神殿を管理し、ユダヤの政治を行い、広くユダヤ人社会の信仰生活をリードしていたわけです。言わば、彼らは「権威者」でした。その権威を持って「神殿を管理する権威(権利)」を行使していたのです。その彼らがイエスに問うのです。「何の権威で、このようなことをしているのか」(28同)。
「このようなこと」というのは、恐らく月曜日の「宮聖め」の出来事だと思います。イエス様は神殿に来られて、「祈りの無さ」と「その背後にある神への疑い」、そのような霊的な状態を象徴するように「礼拝を利用して商売をしている人々」を追い払われました。商売の台をひっくり返された。そういう騒ぎを起こされたのです。私的な個人が、権威者からその立場を認められている「公的な商人」を追い払うことは大変なことでした。しかし、そのような大変なことをやったイエスが、今日も神殿の中で自由に振舞っているのです。「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」(28同)。この質問の背後には、どのような思いがあるのでしょうか。
 彼らにとって神殿は、「権威を持っている自分達の思い通りに運営され、自分達の権威が隅々まで行き渡っていなければならない場所」でした。そこに「イエス」というわけの分らない男がやって来て、勝手なことをしてくれる。それが気に入らないのです。もっと言うと、赦せないのです。彼らの質問を非常に良く解釈すると「あなたが高名なラビ(律法の教師)の弟子で、そのラビの委託を受けているのなら、赦さないわけでもない」ということだったかも知れない。現代イスラエルの学校で使われている歴史の教科書を読んだことがありますが、教科書には「民族の偉人」として多くのラビの名前が出て来ます。紀元70年の「エルサレム崩壊」以降になると「ラビを中心に歴史が語られて行く」と言っても良いくらいです。それほど「高名なラビ」は、力を持っていたのでしょう。だから良く取れば、「それを聞いている」ということかも知れません。しかし「悪く」取れば、というか恐らく「権威者である我々に無断で勝手なことをするな。ただでは済まないぞ。分かっているのか」と言うことでしょう。
 それに対してイエス様は、彼らの質問に質問で答えられます。「イエスは彼らに言われた。『一言尋ねますから、それに答えなさい。そうすれば、わたしも、何の権威によってこれらのことをしているかを、話しましょう。ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか、人から出たのですか。答えなさい』」(29~30)。「ヨハネのバプテスマは天からのものであったか」、つまり「神からのものであったのか、それとも人からのものであったのか」と聞かれました。イエスは、この質問によって何を意図しておられるのでしょうか。
 結論から言うと、イエスは「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」の問題を浮き彫りにしようとしておられるのです。実際彼らは、「バプテスマのヨハネが施したバプテスマ」を「神からのものである」と認めることが出来ませんでした。ヨハネの運動は、当時の人々に非常に大きな影響を与えた信仰覚醒運動でした。「マタイ3章7節」には「しかし、パリサイ人やサドカイ人が大ぜいバプテスマを受けに来るのを見た時、ヨハネは彼らに言った」(マタイ3:7)とあります。「祭司長や律法学者」と非常に近い関係にあった人々も、ヨハネの中に神の預言者としての何かを認めて、ヨハネの許を訪れているのです。しかしそれでも「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」は認めない。ヨハネの運動を、そのバプテスマを「神からのもの」と受け入れることは出来なかったのです。なぜでしょうか。
バプテスマのヨハネは、神殿に登場して、権威者達に「実は今から信仰覚醒運動を行いたい。『説教をして、バプテスマを施す』という新しい運動を始めたいから、その許可をもらえるだろうか」と言って来たのではないのです。エルサレムの神殿から離れたヨルダン川に現れて、運動を始めました。そして、(言うならば)神殿の礼拝、神殿の周りに生きる人々を指して「あそこに真実の礼拝があるのか、あの人々の中に真実の信仰があるか、お前達も皆悔い改めよ」と叫んだのです。「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」が、ヨハネのバプテスマを「神からのもの」と認めるならば、彼らも、自分達の在り方の間違いを認め、自分達の権威も何もかも脇へ置いて、神の前に悔い改めなければならなかったのです。彼らには、それが出来なかった。悔い改めたくないからです。彼らの立っている所は「バプテスマのヨハネが言っていることが正しいのかどうか」ではないのです。「自分達の権威が守られるかどうか、自分達の権威にとって安全かどうか」、そこが彼らの立ち位置だったのです。だからヨハネが「400年ぶりに現れた預言者」だと多くの人に認められ、人々に炎のような神の言葉を語っていたにも拘らず、ヨハネを認めなかった。「自分達の姿を振り返り、悔い改める」という思いがないからです。その彼らの頑なさが、イエス様への答にも出て来るのです。彼らは、イエスの宮聖めによる訴え、神殿の中での説教と論争、そういったものの中に、真実を見極めようとしているのではない。自分達の権威が幅を利かせなければならない場所で、自分達に断わりなしに勝手に入って来て、自分達の権威を無視するような、権威を傷つけるようなことをしていることが気に入らないのです。自分達の権威が大事なのです、守らなければならない。権威を守るための答が「わかりません」(33)という答でした。
 イエスは、それによって彼らの「頑なさ」を確認されるのです。イエス様の権威は、バプテスマのヨハネと同じく「神から出ている権威」です。ヨハネから洗礼を受けられた時、天からの声が言いました。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」(マルコ1:11)。しかし、ヨハネの権威を認めない彼らにそういうことを言っても無駄です。「神が…」と言っても、聞く耳はない。それを確認してイエス様は、「わたしも…話すまい」(33)と言われるのです。それは「勝手にしなさい」という断罪の言葉であったと同時に、「あなた方は今のままで良いのか」と悔い改めを勧める招きの言葉でもあったと思います。
 

2:適用~主イエスの権威を受け入れて生きる

 この個所は、私達の信仰生活に何を語るのでしょうか。「祭司長(たち)、律法学者(たち)、長老たち」は、「自分達の権威の領域だ」と思っているところに、イエス様が勝手に入って来て活動されたことに腹を立てました。そしてイエス様を追い出そうとしました。私達はどうでしょうか。私達も「ここは自分の領域」というところを持っているのではないでしょうか。ある本に「礼拝堂の椅子は互いに最低50cmは間を空けるように」と書いてありました。密を避けるという意味ではありません。「現代人には他の人に入って来て欲しくない領域」があると言うのです。信仰の問題で言えば、私達は自分の人生に対して、自分の権威を持とうとするのではないでしょうか。「ここは私の領域、ここは私の自由になるところ」、自分の人生に対してそう思うのではないでしょうか。しかしある牧師が言いました。「信仰を持つということは、私達の生活の中に神が自由に入り込んで来られることを受け入れることだ」。私達はどうでしょうか。神が私の生活に、私の人生に、自由に入り込んで権威を主張される時、それを素直に受け入れているでしょうか。それとも、イエス様に対して「私には生きるべき私の人生があります。あなたは何の権威をもって、私に『十字架を負って従え』と言うのですか」と言って、神の権威を追い出そうとしているでしょうか。もしそうだとしたら、そうするところに、今一つ信仰生活がどっしりと安定しない、落ち着かない理由があるのではないでしょうか。
 井上洋治という神父がこう言っておられます。「宗教が、学問と芸術とも、そして道徳とも異なるのは、『あちら様(神様)が主になって自分が従になる世界である』と言うことである…」。神が主になる世界。つまり「『神様(イエス様)の権威』を本当に認める世界、それが宗教の世界だ」と言うのです。しかし、それは決して窮屈な生き方ではないと思います。むしろ前向きに、恵みの中に生きることだと思うのです。
「自分の人生に神様(イエス様)の権威を認めるとは、どういうことか、そこにどんな恵みがあるのか」、3つのことを申し上げたいと思います。
 1つは「与えられた状況に主の善を認める」ということです。レーナ・マリアという方がおられます。生まれた時から両腕がなく、左脚も右脚の半分くらいの長さ、左脚には義足をつけて生活し、大概のことは足でこなしながら、素晴らしい歌声で音楽活動をしておられる方です。彼女は、信仰篤いご両親に育てら、自分の人生に神の権威を受け入れて人生を送っています。その彼女が言うのです。「神様は、きっと何か特別な計画があって私をこのように造られたのだと思います。神様は全能ですから、私の手や足を造り変えることも出来るはずです。でもそうなさらずに、私に障害を残しておかれるのは、人間にとって一番大切なのは、身体の器官が整い健康であることよりも、心の健康であることを明らかにするためだと思っています。私はそんな神様を、よくコンサートで讃美します。『…神様は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません…』。両手がない私が『乏しいことがありません』と心から歌えるのは、神様が私の心に豊かさを与え、自分自身を愛せるようにしてくださっているからです。だから不自由だと思えるような環境の中でも生きることの意味を、いつも見つけることができるのです」(レーナ・マリア)。人生に神の権威(善)を受け入れる時、神と和解して、こんなにも前向きに生きて行けるのかと、教えられます。学ばされるのではないでしょうか。
 2つ目は「主が人生を主導し、責任を取って下さることを信じる」ということです。何度もご紹介していますが、「岩淵まことさん・由美子さん」というゴスペル・シンガーご夫妻の話です。ご夫妻は、亜希子さんというお嬢さんを8歳の時に病気で亡くしますが、由美子さんは当時の心境を「内臓が口から飛び出すのではないかと思うくらいに泣き続け、抜け殻のようになってしまいました」と語っておられます。特に彼女を苦しめたのは、自責の念なのです。「私はもう少し気遣ってやれば、あの時ああしていれば…」、それに苦しむのです。でも、ある時、彼女はイエス様の言葉を聞くのです。「もう自分を責めるのは止めなさい。あなたが自分を責めているあの出来事の中にも、私はいました」。それが彼女の心に赦しを与える、彼女を立ち上がらせるのです。人とは過ち多き存在だと思います。「ヤコブ書」にも「わたしたちは皆、度々過ちを犯すからです」(ヤコブ3:2新共同訳)とあります。「良かれ」と思って掛けた言葉で人を傷つけるということだってある。「神が共にいて下さり、神が私の人生を主導して下さり、責任を取って下さる」、本当にそれを受け入れる時に、私達はこの「過ち多き」人生をもっと安らかに生きて行ける気がするのです。過去に苦しむ時にも、「でも主がいて下さったのだ」という思いのが、その苦しみの中にあって一筋の光を見せて行くのではないでしょうか。
 3つ目は「主の願いを生きようとする」ということです。ヴィクトル・フランクルという人が自らの「強制収容所の体験」を綴った「夜と霧」という本があります。その中に次のような話があります。(孫引きです)。ある夜、囚人代表がフランクルの所にやって来て「どうしても自殺したいという人を思い留まらせるために何か話をしてやってくれ」と頼みます。フランクルは次の話をします。「私達は、殆ど全員この収容所で死んで行くことになるだろう…私達の人生は、これからの何日間かの苦しみの後にこの収容所で終わるだろう。『それならその死までの何日間かの人生に一体何の意味があるのか。どうせ死ぬならそんな何日間かの無意味な苦しみはやめにして一刻も早く死んだ方がいい』と考えている人達があなた方の中にいることを私は知っている。またそこまではいかないまでも、自暴自棄になり、絶望的になっている人も多いだろ。しかしそれはあなた方が『死ぬまでの苦しみの人生の中から何をまだ得ることが出来るか』と発想しているからいけないのだ。そうではない、視点を転換することが必要なのだ。『これからの苦しみの人生から何を期待出来るか』という発想をやめて『人生がこれからのあなた達の生涯に何を期待しているのか』という視点に立つことが肝要なのだ…この視点の転換を出来た人が、死に向かっての苦しみの中にも、なおその意味を見つけることが出来る人であり、その苦しみを前向きに背負って生きて行くことの出来る人なのだ」。「人生があなたの生涯に何を期待しているか」、ユダヤ人であるフランクルは「人生が」というよりも「神が」ということを考えていたと思います。「神が私の人生に何を期待しているのか」、もっと言うと「神が今日の私に何を期待しておられるのか」。「神の権威を受け入れる」ということは、それを考えることだと思うのです。私達は、時に生きる積極的な意義を見失ってしまうことがあるかも知れない。人生に希望を見出すことができないこともあるかも知れません。でも「イエス様が何を求めておられるか、どう生きることを求めておられるのか」、それを生き方とする時、私達は人生を生きる意義(目的)を失うことはないのではないでしょうか。前に向かって生きて行く励ましを与えられる気がするのです。そして、その1つ1つの生き方を、神が全部受け止めて下さっているのです。
「主の権威を受け入れる生き方」について3つの例を上げました。まだまだ私の知らない霊的な世界があると思いますが、井上神父は、「あちら様が主になる世界」をこう表現しています。「『自分が主』の世界から『従』の世界になった時に与えられる喜び…安堵感(がある)…どんなに信仰がある人だって悲しみはあるし、辛さはあるし…けれども一番違うのは、どこまでも船が流されて行くということは決してないのだという…安堵感…心の安らぎ…が与えられるのである」(井上洋治)。人生にイエス様の権威を認める、本気になって認める。それは決して私達を窮屈にすることではない。むしろ、深みにおいて私達を支えて行くのではないでしょうか。「イエスの権威に拠る信仰生活」を紡いで行きたいと願います。
 

聖書箇所:マルコ福音書11章20~25節

 こんな話があります。ご主人に先立たれたケニアのAさんは広い土地を相続しました。ところが、その土地の大半は小高い山によって占められ、放牧にも耕作にも適しません。Aさんは次第に経済的に困るようになり、「この山さえなければ、穀物を植えたり、羊を飼ったりできるのに」といつも思っていました。Aさんはある時、「だれでも、この山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります」(マルコ11:23)という聖書の言葉を知って心打たれました。「すごい。うちの山に向かって『平らになれ』と言って、疑わないで信じるなら、そうなるのだ」。その彼女に、ある宣教師は言いました。「とんでもない。イエス・キリストは、比喩として『問題の山』について語れたのですよ」。でもAさんは聞きました。「でもこの言葉は、本当にイエス様が語られたのですよね」。宣教師は「そうです」と答えました。Aさんはその日から毎日、「主イエスの御名によって命じる。山よ、平らになれ。イエス様、山を平らにして下さい」。2か月が過ぎましたが、山はびくともしません。それでも諦めずに、毎日山に命じ、神に祈り続けました。4か月が過ぎた時のことです。建設省の役人がAさんを訪ねて来ました。「道路建設のために大量のアスファルトの原料が必要です。大学に調査をさせたところ、お宅の山はコールタールの原料の塊だと分かりました。ぜひお宅の山を買い上げたいのです」。「神がついに私の祈りを聞いて下さった」、こう確信したAさんは大喜びで値段を交渉して、ついに400万ドルで売却が決まりました。アッと言う間に、山は崩されて平らになりました。おまけに報償金までついて来たのです。凄い証しです。いつも、いつもこうなるわけではないでしょうが、しかしイエス様の言葉を信じて、疑わないで祈って行く、凄い力だと教えられます。
 前回「イエス様の宮聖め」の個所を学びました。エルサレムの神殿で礼拝者をカモにして商売をしている商人達を、イエスが神殿から追い出されたという出来事でした。しかし「宮聖め」の前に「イエス様がいちじくの木を呪う」場面がありました。月曜日の朝、ベタニヤからエルサレムに向かわれる時、イエスは空腹を覚えられ、葉の繁ったいちじくの木の実を探された。でも、そのいちじくは、葉は見事に繁っていたけど、実は全くつけていなかった。そこでイエスが「今後、いつまでも、だれもおまえの実を食べることのないように」(14)、つまり「実が実らないように」と呪われた、という出来事でした。その後に「宮聖め」がありました。今日の個所は、その続きになります。
 その翌朝―(火曜日)、イエス様と弟子達がベタニヤからエルサレムへの同じ道を通ったら、イエスが呪われたいちじくの木が、「実を実らせない」どころではない、根元から枯れていたのです。ペテロが、いちじくの木が枯れているのに気づいて、そのことをイエスに告げる、そこからこの個所は始まります。イエスは言われます。「神を信じなさい。まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります」(22~23)。言い換えると「いちじくの木が枯れたくらいで驚くのか。あなた方が本当に信仰を持って祈るなら、そして言葉をかけるなら、いちじくの木が枯れるどころではない。山だって動いてしまう、そういう強い力を持っているではないか」。イエス様は、何を言っておられるのでしょうか。この個所は、「宮聖め」とどう結びつくのでしょうか。私達は、何を学べば良いのでしょうか。
 そのことを理解するために、もう一度「宮聖め」のことを短く復習したいと思います。エルサレムの神殿では賑やかな神殿礼拝が行われ、そのために神殿に捧げる神殿税の貨幣を両替する商人、犠牲の動物を売る商人達が、賑やかに商売をしていました。それはあたかも、豊かに葉だけが繁っていて、実を実らせていないいちじくの木と同じ状態でした。それをイエス様は、厳しく戒められました。ただ言葉で叱るだけではなく、台をひっくり返したり、人々を追い出したりしながら、行動によってその状態に抗議されました。そのようなイエス様の激しい批判は、「このままだったら神の民ユダヤ人そのものが、その共同体そのものが、いちじくの木のように呪われた存在になってしまう、枯れてしまう」、そういう危機意識の中で為されたことでした。(実際、この40年後、ユダヤ人国家は滅びてしまうのです)。神殿には、犠牲が捧げられ、様々な信仰の言葉が飛び交っていたかも知れない、しかしイエスは、「祈りがない」と言われました。いくら賑やかに神殿礼拝が行われていても、「真実の祈り」がないのです。「『真実の祈り』がないから、民は信仰の実を結ぶことが出来ないのだ」と言われたのでした。
 では、なぜ「真実の祈り」がないのか。お読みした22~23節は、「祈り」ついて教えておられる個所ですが、ポイントは「心の中で疑わず」という言葉です。つまり「なぜ真実の祈りがないのか」、その一番の問題点は「心の中に疑いがある」ということなのです。「『疑い』があるから祈らない。祈っても、その祈りは『真実の祈り』にならない」、そう言われるのです。
 私達はどうでしょうか。私達には、「疑い」はないでしょうか。私達も「祈り」の言葉を口にします。しかし言葉とは裏腹に、それを祈っている私達が、心の中では疑っている、そういうことはないでしょうか。あるいは、「祈らないといけないと思うから祈るけど、現実を見ると、私の祈りが聞かれるようには思えない」、そう思うことはないでしょうか。祈りながらも、心のどこかに「この祈りが何になる」と囁く声を聞く、そういうことはないでしょうか。「ヤコブ書」にはこうあります。「ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。疑う人は…二心のある人で、その歩む道のすべてに安定を欠いた人です」(ヤコブ1:6~8)。「二心」。「言葉を語っている心」と「それを疑っている心」、二つの心が私達の中にある。信じているつもりだけども、心がどこかで分裂してしまう。そういうものが私達の中にもあるのではないでしょうか。
「疑い」というのは、どこから来るのでしょうか。ある社長さんの言葉が心に残っています。この方は、阪神大震災の時に5歳の息子さんを天に送られた方です。仕事でも色々な試練を経験された方ですが、こう言われるのです。「信仰を持つということは、どんな状況でも、自分には思わしくない状況に思える時にも、必ず背後で神様が事を行って下さっている、と考えられることでしょう。それが何でも、今の自分にとって最善のことを神様はして下さっている、と思えることが信仰でしょうし、今までを振り返ってみて、確かにそうだったと思えることは感謝なことです」(宮原寿夫)。つまり、「疑い」というのは、私達が明確な1つの基準に立たないところから来るのではないか、と思うのです。「神は生きておられ、私に最善のことをして下さる」というところに立つ、そこがあやふやになる時、信仰がグラグラして来る、疑いが出て来るのではないでしょうか。私などは、いつもそうです。
 イエスは「その疑いを捨てる信仰に生きよ」と言われるのです。だから繰り返しますが、私達も、心の中に明確な1つの基準を持たなければならないと思うのです。「私は、神を信じる、神の救いを信じる、神の祝福を信じる。神は最善をして下さる」、そういう基準を持ちたいのです。そこから身の回りのことを判断して行きたいと願うのです。
しかし、「疑わない信仰を持つ」、「疑わない信仰に生きる」とは、具体的にはどうすることでしょうか。「山に向かって『海に飛び込め』と命令すること」でしょうか。そうではないでしょう。
 まず、ここで言われている「山」とは何でしょうか。初めにご紹介した「Aさん」の話にもあったように、当時「山を動かす」とは、「困難を除去する―(大きな問題を解決する)」、そういう意味で使われたのです。イエス様にとっての困難とは何だったのか。
 もう火曜日です。十字架は3日後、金曜日に迫っています。十字架が迫れば迫るほど、イエス様が見ておられたのは「人の罪」だったと思うのです。人の頑なさ、身勝手さ、自己絶対化、無関心、無慈悲、そういったものがイエス様に圧し掛かるのです。宗教家が怒りと憎しみに燃えて敵対して来るのです。神の名の下にイエス様を迫害するのです。そういったものが「山」のようにイエス様の前に立ちはだかっていました。それでもイエス様は、十字架の道を歩んで行かれました。それが神の御心だと信じて、それが神の愛を表す道だと信じて、歩んで行かれました。もう1つ見ておられたのが、「死の山」だと思います。私は、人間としてのイエス様は「死んだら復活する」と知っておられたのではないと思います。信じておられたのだと思います。「神の御旨に従って死ぬ時に、神が必ず復活させて下さる」、そういう信仰を持って、いわば神に懸けて行かれたのだと思うのです。しかし「死」は、人にとって巨大な「山」です。私達にはどうにもならない「山」です。生と死の間には、どうにもならない断絶があります。いずれにしてもイエスは、「罪の山」、「死の山」を見ておられたと思います。しかしイエス様は、ご自分が「…山に向かって、『動いて、海にはいれ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります」(22~23)と言われたように、神の御旨に従い、神を信じ、自分の前に置かれた道を進まれました。そして十字架を成し遂げられました。そして復活されたのです。そのようして「罪の山」、「死の山」を動かされたのです。罪人には、悔い改めて「神の子」とされる道が開かれました。「死」が「復活」に繋がる驚くべき道が開かれました。私達は甦るのです。そのことは、言葉を換えれば、イエスは「『罪人を悔い改めに導いて神の子にしようとされる神の愛』を証しされた」、「『死んだ者を甦らせることの出来る神の力』を証しされた」、と言うことが出来ると思うのです。イエス様は、「疑い」を捨てて、神を信じ切って生きることによって、「神を、神の愛を証しされた」と言っても良いと思います。私は、「疑わない信仰」に生きるということは―(それは何より「神の最善に信頼して生きる」と言うことでしょうが…)、一歩踏み込んで言うならば、それは「神を証しする」ということ、「神の愛と恵みの証し人になる」ということだと思うのです。当時、ユダヤの人々は、言うならば、神の愛を証しすることに失敗したのです。だからこそ、私達は「神の証し人」になるように励まされるのではないでしょうか。
 そして、イエス様は、「神の愛と恵みの証し人」としての在り方を2つ、教えて下さっています。1つは24節です。「祈って求めるものは何でも、すでに受けたと信じない。そうすれば、そのとおりになります」(24)。祈る時に「これからどうなるのだろうか」と不安の思いの中にいるだけでは、祈れないのです。強い励ましがあるから祈ることが出来る、諦めないで祈り続けることが出来る、そういうことがあると思います。イエス様は「すでに受けたと信じなさい」(24)と言われました。過去形です。「神は既に祝して下さっている、それを信じなさい」と言われるのです。
 以前、「百万人の福音」に韓国の有名な殉教者である朱基徹(チュ・キチョル)牧師の息子さん、朱光朝(チュ・クワンチョ)さんの証がありました。彼は、牧師である父を日本軍によって、同じく牧師である兄を北朝鮮の共産軍によって殺されます。彼は絶望して「神よ。あなたはあまりにも過酷な方です」と叫ぶのです。そしてそれ以来、祈ることを一切拒否するのです。やがて妻の導きによって教会には行くようになりました。やがて執事にもなりますが、しかし「幼い頃、父のために必死で祈った祈りに神は答えてくれなかった」、その恨みから決して祈りはしなかったのです。「祈らない執事」として有名になったくらいです。しかし、やがて1人の牧師を通して傷が癒される時が来ます。「過去の苦しい環境のために挫折されたでしょうが、神は真実です。チュ執事を試練によって訓練し、よりいっそう大きな栄光と尊さをお与えになられるのです…」。少しずつ父に起こったこと、兄に起こったことを受け入れられる思いが与えられます。さらに、これまでの自分の歩みに添えられていた神の御手に気づくようになるのです。そしてこう書いておられました。「一家離散で心細く、ひもじかった、その瞬間にも神様が見守っておられたこと…教会の後ろの座席で1人で寒さに震えていたその瞬間にも、神様は私を見捨てていなかったこと、今こそ、それが良く分かる。そのことを証したい」。彼は、「『神は私を見放している』と思った。でも、その時も、神は私と共におられた」と言うのです。彼と同じことが私達にも起こっているのではないでしょうか。私が鬱で入院していた時、友人が来て言いました。「神様は、お前のために既に業を始めておられるんだよ」。私は、信じることが出来ませんでした。でも、それは本当でした。私達が、神の御手を感じられないような時、でも既に、そこに神の手は添えられているのではないでしょうか。疑いを捨てて、御言葉を信じて、祝福の中にいることを信じて、今を生きる、それが私達を、神の証し人として生かすのではないでしょうか。
 もう1つは25節です。「また立って祈っているとき、だれかに対して恨み事があったら、赦してやりなさい。そうすれば、天におられるあなたがたの父も、あなたがたの罪を赦してくださいます」(25)。何を言っておられるのでしょうか。申し上げたように、「疑い」を捨てること、それは神様への信頼を生きることです。そのためには、私達の魂が神様に近づくことが必要だと思います。神に近づくとは、神の御心に近づくということです。神様と心を合わせることです。聖書に「主は、その御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです」(2歴代16:9)とあります。そのポイントとしてイエス様が教えて下さるのが、「赦し」ということなのです。なぜなら、イエス様が、神の独り子が、十字架に架かって成し遂げられたこと、それは私達、罪人の「赦し」だったのです。ある神学者は「神の『赦し』への感謝は、人への『赦し』という形で現れる」と言いました。であれば、私達が「赦し」に生きること、それは「神の愛と赦し」を証しすることになるのではないでしょうか。だからイエス様は「主の祈り」の中に「我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく…」の一節を入れて教えて下さったのではないでしょうか。リンカーンについて次のような話があります。アメリカ合衆国から南部諸州が離反して、南北戦争が起こりましたが、北軍が勝った時、ある人が北軍の指導者リンカーン大統領に聞きました。南軍(南部)の人々をどうしますか。リンカーンは答えました。「私は、離反など全くなかったかのように彼らを扱うつもりです。なぜなら神ご自身が私達をそのように扱われたのですから」(Aリンカーン)。彼の赦しは、神の赦しを証ししたのです。私達も、私達のような者が全く赦され、祝福の道に置かれている、そのことを疑わず、主の御心に立つ、赦しに生きる、そのことが大切ではないでしょうか。その時、私達は整えられ、主の証し人として生きて行けるのではないでしょうか。
 この前、ある方としみじみと「神様に恵んで頂き、その中を生きて行けること、本当に感謝ですね」ということを分かち合いました。そして「この恵みをどなたかに伝えることが出来れば、良いですけど…」というところに話は進みました。神への信頼に生き、神の恵みを疑わずに祈り、神の証し人として生きる、そのような信仰生活でありたいと願います。