2022年7月 佐土原教会礼拝説教

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聖書箇所:マルコ福音書9章38~41節     

 先日、参議院選挙が行われましたが、こんな話を聞いたことがあります。ある人が、町会議員(か何か)の選挙に立候補しました。選挙運動も全くしなかったそうですが、開票したら3票が入っていました。彼は妻に言いました。「俺とお前と、あと誰が入れてくれたんだろう」。そうしたら妻が言いました。「私はあなたに投票していませんよ」。「妻だけは当然投票するだろう」という彼の心と、妻の心は一つではなかったという話です。しかし、笑ってばかりもいられない話です。「イエス様を信じてクリスチャン生活をしながら、実は私達の心がイエス様と一つではなかった」、そういう時が、私達にも多分にあるのではないでしょうか。そうでないように、ありたいものです。今日の個所は「今申し上げたようなこと」を語る個所です。「聖書の内容」を確認した後、「信仰生活への適用」を考えたいと思います。
 

1:聖書の内容~信仰の姿勢としての謙虚さと寛容さ

 この個所は、12弟子の1人ヨハネがイエス様に「先生。先生の名を唱えて悪霊を追い出している者を見ましたが、私たちの仲間ではないので、やめさせました」(38)と言うところから始まります。なぜ、彼がこういうことを言い出したかというと、37節でイエスは「このような幼子たちのひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば…」(37)と言われました。「わたしの名」という言葉を聞いたヨハネは、最近あったことを思い出して、この話をしたのかも知れません。しかしこれは、37節のイエス様の言葉を補足する、良い教材になったのです。
 この時、既にイエス様の目は、エルサレムを向いていました。具体的には、まだカペナウムにおられて、ペテロの家に滞在をしておられたようですが、イエス様の関心は、十字架を見据えて弟子達を訓練することに集中していました。この個所も、イエス様が弟子達に大切なことを教え、訓練しておられる個所です。そしてそれを「マルコ福音書」が伝えているのは、後にこの個所を読むクリスチャン達にも、それが大切な事柄だからです。
 さて、当時の人々は、精神的な病気も、肉体的な病気も、悪霊の力が働いている、と考えていました。ですから病気を癒すためには、薬も飲ませたでしょうが、悪霊を追い出すためのまじないもしたようです。悪霊を追い出す時の一般的な方法は、悪霊よりも有力な霊的な名前を使って「この人から出て行け」と言うことでした。「悪霊よりも強力な霊的な名前を使うことが出来れば、悪霊はその名前によって打ち負かされるはずだ」と考えたのです。そのようなことが行われていた時代(世界)での出来事です。
 ここに登場する「(イエスの名前を)唱えて悪霊を追い出している者」は、イエス様と何の関係もない人だったかも知れませんが、むしろ12弟子のグループには入って来なかったけれど、何らかの形でイエス様を信じていた、それで主の名を使って悪霊を追い出していた、そういう人だったのではないかと思われます。ヨハネにしてみたら、悪霊の追い出しをイエス様から直々に託されたのは自分達12人だったはずです。あの男は、自分達のグループには入らず、イエス様に従うこともせず、ただイエス様の名前を利用している。そういう腹立ちがあったのではないかと思います。ヨハネは、イエス様から「ボアネルゲ(雷の子)」とあだ名をもらった人です。突然
 カッとなって声を荒げることがあったのかも知れません。彼は「勝手にイエス先生の名前を使うな!」と言ったのではないでしょうか。そして、当然イエス様も「そんな無免許の者のやっていることは止めさせるべきだ」と思っておられる、と思ったのです。だからここで報告しているのです。ところがイエス様は、思いがけない返事をなさるのです。「やめさせることはありません―{『やめさせてはならない』(新共同訳)}。わたしの名を唱えて、力あるわざを行ないながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです。わたしたちに反対しない者は、わたしたちの味方です」(39~40)。ヨハネは意外だったと思います。「どうしてですか?」という顔でイエス様の言葉を聞いたことでしょう。(それは私達の疑問でもあります)。イエス様は、弟子に何を教えようとしておられるのでしょうか。
 ヨハネが、悪霊の追い出しを止めさせようとした理由は何かというと、彼は「私たちの仲間ではないので、やめさせました―{『わたしたちに従わないので、やめさせようとしました』(新共同訳)}」(38)と説明しています。「イエス様の名前を使うことが出来るのは、自分達と一緒になってイエス様について来る者だ」と思っている。しかし、それだけではない。「それがイエス様の御心だ」と、「自分達はイエス様と同じ思いになってやっている」と思っていたのです。そして「イエス様に従って歩いている私達と、イエス様の名前だけを利用しようとするあの連中とは、根本的に違う」と思っていたのです。だからこそ、イエス様の訓練の目的は、彼らのそのような思いを変えることにあったと思います。
 確かに彼らは、イエス様に付き従っていました。しかし、ヨハネ自身が思っているほど、弟子達は他の人々と根本的に違うのでしょうか。イエス様は「わたしの名を唱えて、力あるわざを行ないながら、すぐあとで、わたしを悪く言える者はないのです」(39)と言われました。もうすぐ全ての人がイエス様の悪口を言う、イエス様を罵る、それをすでに暗示しておられます。その時、弟子達はイエス様を守るのでしょうか。そうではありません。弟子達もイエス様を裏切るのです。「あんな人は知らない」と言うのです。イエス様を置いて逃げ出すのです。そう考えると、彼ら自身が線を引いて区別しているほど、彼らと他の人々との本質的な差はない、ということにならないでしょうか。「(イエスの名前を)唱えて悪霊を追い出している者」(38)がいるとして、その人がどんな形であれイエス様を信じているとして、悪霊が追い出されているのは、聖霊の働きではないでしょうか。その意味でも、弟子達は、人に対してもそうですが、神の前にも謙遜にならなければならなかったのではないでしょうか。
 遠藤周作が「最後の殉教者」という短編を書いています。江戸幕府が倒れ、明治の世になっても、依然としてキリスト教は禁じられていました。長崎には「隠れキリシタン」という形で村をあげてキリスト教の信仰に生きている人々がいました。ある村に喜助という臆病者がいて、村人は喜助のことを「あの臆病さの故に、役人から捕まるようなことがあれば、すぐに転ぶ(棄教する)かも知れない」と心配していました。実際、村が役人に襲われて、村人が逮捕され、拷問が始まると、喜助は自分の番が来る前に恐れをなして、「信仰を捨てるから助けてくれ」と言って逃げ出して行くのです。一方には、拷問に耐えて信仰を守り通す少数の者もいました。彼らは、やがて長崎から島根県の津和野に流され,そこで拷問に耐えていました。しかし、やがて「何のためにこんなに苦しまなければならないのか。なぜ、神は私達を救ってくれないのか。何のための信仰なのか」、そんな暗い疑問にその人達も襲われ始めます。その時です。そこにあの喜助が連れられて来るのです。「なぜ喜助が?」、彼らは思います。喜助は自分に起こったことを話します。彼は転んだ後、村に帰ることも出来ず、港で惨めに働きながら生きていました。ある時、港で長崎から津和野に送られて行く村人達を見たのです。その時、彼は心に響く声を聞くのです。「お前も彼らの所に行きなさい。転んでいい、また逃げ出してもいいから、とにかく行くだけは行きなさい」。そうして喜助は津和野にやって来て、逮捕されたと言うのです。「何のためにこんなに苦しまなければならないのか」、そう思い始めていた人々は、その話を聞いて「信仰を守り通したことは無駄ではなかった」と思うのです。ポイントは、真っ先に転んだ者、神から一番遠くにいたような者、神はその喜助に働き掛けられ、信仰を強く守っていた人々を励まされたということです。神の声は、他の人の心にも響いたかも知れません。でも、その声に実際に動かされたのは、自分の弱さを自覚していた喜助だったのです。神が誰に働かれるのか、神はどの人に、どのような目を注いでおられるのか、私達には分からない。そしてその神の声を聞いて、神に用いられて行くのが誰なのか、それも私達には分からない、ということを思わされます。その意味でも、私達は謙遜にならざるを得ないのではないでしょうか。そして、謙遜さの現れとして、人に対して寛容であらねばならないのではないでしょうか。
 そして「謙虚であること、寛容であること」は、彼らがやがて直面する問題とも深い関わりがあるのです。41節に「あなたがたがキリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません」(41)とあります。初代教会は、誕生して間もなく迫害を経験します。ある人は、信仰のために地域社会を追われ、生活の資を奪われることになります。その時に「教会には属していない人かも知れない、はっきりと信仰を表明することは出来ない人かも知れない、でもクリスチャン達の労苦を思ってそっと一杯の水を与えてくれる人がいる、一回の食事を出してくれる人がいる」とします。ある牧師が戦時中の経験を書いておられます。「私の父が信仰のために刑務所に入れられている時、ほとんどの教会員は牧師館に寄り付かなくなった。その中で終始変わらず何かと物を届けてくれたのは、ふだんあまり目立たない自転車屋のおかみさんだった」(辻信道)。この「おかみさん」は前から教会に出入りしていた人だったかも知れませんが、いずれにしても、そのようにして慈悲をかけてくれる人がいるとします。その時、クリスチャンは考えるかも知れません。「この人はクリスチャンになっていない人ではないか。その人から助けてもらって良いのか。恥ずかしいことではないのか。御名を汚すことにならないのか」。それは「マルコ福音書」が書かれた頃の教会にとって、現実的なことだったと思います。その時に、彼らの心にイエス様のこの言葉が響いたのではないでしょうか。「心配する必要はない。私達に逆らわない者は、私達の味方だ。神がその人を祝して下さるから、ただ感謝してその人の好意を受けなさい」。「謙虚さ、寛容さ」は、一切を支配しておられる神の支配の中で「神が用いられる人に助けてもらう謙虚さ」にも繋がって行くことなのです。イエスはその意味でも「キリスト者が謙虚であること」、その現われとして「他の人に対して寛容であること」、その大切さを教えられたのだと思います。そしてその言葉を、「マルコ福音書」は初代教会の人々に、そして私達に伝えてくれたのだと思います。
 

2:信仰生活への適用~謙遜さを超えて、御心に生きる大切さ

 短く信仰生活への適用をお話しします。申し上げた通り、この個所が中心的に教えることは、「謙虚さと寛容さ」です。しかしこの個所には、「謙虚であること、寛容であること」ということから一歩進んで「さらに積極的な勧め」があります。
 この個所を読む時の素朴な疑問は、「山上の説教」との整合性です。イエスは言われました。「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」(マタイ7:21)。この言葉と41節の「キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」(41)は、一見矛盾するように見えます。どう考えれば良いのでしょうか。
 「マタイ7章21節」の言葉は、「御心に生きること、御言葉に従うこと」の大切さが強調されている言葉です。しかし見方を変えれば、「神の御心が地上に行なわれること―(御心が地上に成ること)」の大切さが強調されている言葉であるとも言えます。その観点で41節の御言葉を考え合わせた時、イエス様は「『愛』という神の御心が地上に成ることを大事に考えられ、御心が成ることに多くの人が関わることを喜んでおられる」と理解することが出来ます。「神の御心が成ること」に多くの人が関わってくれれば、それがイエス様の喜びなのです。ですから、41節の御言葉を通して私達は改めて、「御心の天に成るごとく、地にも成させ給え―(『神の御心が私を通して地上で行われますように』)」と求めて行くような信仰生活でありたいと教えられるし、そうでなければ「主に喜ばれる信仰生活」にはならないのだろうと思います。
 そして、御心を行うために大切なことは、私達が主の御心をおもんぱかること、御心を写し取ることだと思います。ヨハネは「私の思いは、主の思いと1つだ」と思っていました。ところがイエス様の思いは、ヨハネの思いとは違ったのです。イエス様は、もっと深く考えておられたのです。私達が何かを考える時、何かを言う時、何かをする時、その時に私達が心を砕かなければならないのは、「私の思いの中に主がおられるだろうか」、「私の思いと主の御心は一つだろうか」ということではないでしょうか。
 そして、そのためには、普段からとにかく聖書を読み、祈ることではないでしょうか。この個所も―(弟子達の思いとは違った、人間的な思いとは違った)―イエス様の生き方、考え方を教えるために、「マルコ福音書」が書き残してくれたのです。そして私達はイエス様の考え方が分かったのです。普段から貪るように聖書を読み、イエス様はどのようなお方なのか、何を教えて下さったのか、そのことを求め、少しでもイエス様に近づきたいと願うことです。そして、イエス様ならどう考えられるのか、どうされるのか、私の周りに、私を通して御心が成るには、どうすれば良いのか、そんな視点をどこかに持って信仰生活を送ることが出来れば、素晴らしいのではないでしょうか。結果として、私達の信仰生活は、もっと力強くなり、そしてもっと祝福されるのではないでしょうか。
 

3:最後に

 今日、2つのことを申しあげました。「エペソ書」に「ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい」(エペソ5:17)という御言葉があります。「メッセージ訳」という聖書は、「浅はかで思慮に欠けた生き方をしてはなりません。主が願っておられることが理解できているかどうか、よく考えてみなさい」(エペソ5:17メッセージ訳)と訳しています。私達は、いつも柔らかい、生き生きとした霊性を保っていたいと願います。そしてその霊性は、具体的には、「謙虚さ、そこから来る寛容さ」、そして何より「神の御心を求め、行おうする信仰の姿勢」、そのような形で現れるのではないでしょうか。繰り返しますが、謙虚さと寛容さを大事にして、神の御思いと一つになったような、そして御心が私を通して地上に成るような、そんな信仰の歩みをして行きたいと願います。祈りつつ、求めて行きましょう。
 

聖書箇所:マルコ福音書9章30~37節    

 ある年の大晦日、恒例の歌番組を見ていて、印象深く記憶に残った場面があります。番組の終わりの方で「きれいな地球の写真」が映し出されて、それに合わせて司会者が「人間はアホやから競い合うけど、人間同士で争っていないで、この大切な地球を大事にしなければならん」という話をしました。あのアポロ計画で重要な役割を果たしたリーダーが言ったそうです。「月に行って分かったことは、月は人類を簡単には寄せ付けない星だった。今、私達が暮らせるところは地球しかない。この星を大切にしなければならない」。そういう言葉だったと思います。私は、歌番組の司会者の言葉に「良いことを言っているな。競い合う―(覇権を争う)―ところに問題の根があるんだよな」と思って聞いていました。そして最後に「お互いに競い合うのではなくて、誰もが大切な1人なのだ」という歌が歌われました。「良いエンディングだったな」と思った途端、司会者が大きな声で言いました。「では赤組、白組、どちらが勝ったでしょうか!」「アララッ。結局、競い合っていたのか」と思わされたことでした。
 人の上に立ちたい、下に立ちたくはない、低く見られたくはない、それは、私達が生まれながらに持っているもののように思います。「低く見られる」と、人は怒ります。「人が2人いたら政治が始まる」と言う言葉も聞いたことがあります。「どちらが上だとか下だとか、どちらがリードをして、どちらが従うのか…」とか、そういうことが始まるのでしょう。だから「競い合うのは良くない」と言いたいのですが、でもイエスは、この個所で「競い合うな」とは言われない。では、何を
 教えておられるのか。この個所はキリスト者の生き方の基本的な姿勢を教えてくれる個所です。
 

テーマ…偉く生きるとは

 この個所は2つの部分から出来ています。30~32節は「イエスがご自身の死と復活を予告される個所」であり、33~37節は「『誰が一番偉いか』についての議論(教え)がなされている個所」です。
 30節に「一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った」(30)とあります。「イエスの変貌」、それに続く「悪霊に憑かれた子供の癒し」、それらの出来事が起こったガリラヤの北の地域を去って、ガリラヤを通って…ということですが、「ガリラヤを通って」どこへ行こうとしておられるのでしょうか。「マルコ福音書」は、いよいよイエス様一行が、十字架の待つエルサレムへ向かおうとしておられる―(少なくても意識の上では既にイエスはエルサレムを向いておられる)、そのことをここで告げます。エルサレム―(ご自分の十字架)―に思いを向けられたイエスは、「人に知られたくないと思われた」(30)とあります。それまでは、多くの人々に伝道し、癒しをしておられました。でもエルサレムに向かう歩みを始められたイエス様は、「エルサレムに向かう途中で伝道をしながら…」ということを、主な関心事とされなくなります。なぜかというと、31節に「それは、イエスは弟子たちを教えて…話しておられたからである」(31)とありますが、イエスは、弟子達に教えること―(弟子達を訓練すること)、それを中心的な関心事とされるのです。イエス様は「ご自分の十字架、復活、昇天」の後、地に残ってイエス様のことを正しく語り伝えて行く人々を必要とされました。そのために、弟子達を正しく訓練しようとされたのです。
 そして言われます。「…人の子は人々の手に引き渡され、彼らはこれを殺す。しかし、殺されて、三日の後に、人の子はよみがえる…」(31)。2回目の「受難予告」です。8章で1回目の「受難予告」をされた時には、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと」(8:31)と教えられました。しかしここでは「長老、祭司長、律法学者たちに…」ではなくて「人々の手に…」と言われます。イエス様を十字架に掛けてしまうのは、ユダヤ社会のリーダー達だけではない。「人々」なのです。多くの人がイエス様を殺して行く。そして、それはまた決して当時のユダヤ人だけのことではないことを、私達は知っています。イエス様は、全ての人の罪のために死のうとしておられました。そこには私達の罪も含まれます。水野源三さん―(生涯、瞬きしか出来ず、そのお身体で神を讃美する素晴らしい詩を書き続けた詩人)―が次のような詩を書いています。「ナザレのイエスを十字架にかけよと、要求した人、許可した人、執行した人、それらの人の中に、私がいる」(水野源三)。「水野さんはこの町の宝です」と言われた方が、そう言われたのです。私達も、自分を除外することは出来ない。いや、除外してはいけない。除外したら、自分はイエス様の十字架と関係がなくなります。そして実際、私達の罪が見えるところがあるのです。
 カペナウムに着いた時、イエスは弟子達に聞かれます。「道で何を論じ合っていたのですか」(33)。彼らは、イエス様がメシア(神の救い主/キリスト)であることは信じていました。それは「イエスがその力をもってローマを蹴散らし、ダビデ王の時代のように、再びイスラエルを復興されることだ」と思っていました。そして「その時には、自分達はイエス様の側近として高い地位に就くことになる、その時、どういう順番でその地位に就くことになるのか」、この時、弟子達は、そんなことを話していたのだろうと思います。無邪気な感じがします。では、私達はどうか、そういう思いがないか、というと、決してそうではないのではないでしょうか。私達は、心の中で「人と自分を比べる」ということをします。そして誰かを自分よりも下に置いて優越感を持ったり、逆に自分を誰かの下に見て劣等感を持ったり、僻んだりするのではないでしょうか。彼らは、私達以上に正直な人達だったかも知れません。私達も「人と比べることが素晴らしい」とは思わない。神学校の入学式で、学長が「人と比べると、優越感か劣等感しか生まれないから、人と比べないようにして下さい」と言われたのを覚えています。弟子達も自分達のやっていたことが、イエス様の御心にそぐわないことは感じています。だからイエス様に答えることが出来なかったのです。しかし彼らの問題は、「誰が一番か」と論じ合っていたことではありません。イエス様は「いちばん先になりたい者は…」(35新共同訳)と言われます。「一番先になる」という考え方自体を否定してはおられないのです。問題は、「『偉い』ということがどういうことなのか」、それを彼らが理解していなかったということです。
 35節に「イエスはおすわりになり…」(35)とあります。これは当時のラビが教えをする時の正式な姿勢です。イエス様は、大切なことを語ろうとされるのです。「『偉い』とはどういうことか」ということです。それが「だれでも人の先に立ちたいと思うなら、みなのしんがりとなり、みなに仕える者となりなさい」(35)という教えです。「誰も先頭に立ってはいけない」と言われたのではありません。「この中で皆の先頭に立ちたい者がいるか。それなら先頭に立てる秘訣を教えます」と言われたのです。そして「それは、人の一番後ろに立って、皆に仕えることです」と言われたのです。なぜ「一番後ろに立つこと」が、「皆に仕える」ことが、偉いのでしょか。
 人間は、全ての被造物の中で特別なものとして造られた存在です。人間の創造を語る「創世記」は、「アダムとエバが罪を犯した」という3章から始まるのではありません。それは重要な出来事です。信仰理解の核心です。しかしそれでも、「創世記」は、「『神が人をご自身に似せて造られ』、『非常に良かった』」と言われた1章から始まるのです。{「『さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて』…神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして彼を創造し、男と女とに彼らを創造された…見よ。それは非常に良かった」(創世記1:26~31)}。人間は神に似せて造られたのです。素晴らしいことです。人の「偉さ」、それは「神に似ている」ということです。逆に言うと、「神に似る時に、私達は『一番素晴らしく、偉く在れる』ようになっているのです」。
 では、その神は、どのように生きられたのか。人となった神である主イエスは、どのように生きられたのでしょうか。「ヨハネ福音書13章」の「最後の晩餐」の記事において、イエス様は弟子達の足を洗っておられます。「足を洗う」というのは、当時、奴隷の仕事でした。砂埃の道を歩いて来て家に入る時、その家の奴隷が主人やお客の足を洗ったのです。イエス様と弟子達が「最後の晩餐」を始める時、弟子達は誰も奴隷の仕事をしたくありませんでした。自分を他の者よりも低くすることが出来なかったのです。だから彼らは、足を洗わないままで食事を始めたのです。そこでイエスご自身が「…上着を脱ぎ、手ぬぐいを取って腰にまとわれ…それから、たらいに水をくんで弟子たちの足を洗い、腰にまとった手ぬぐいでふき始められた」(ヨハネ13:4~5)のです。この後すぐに、弟子達はイエス様を裏切ります。イエス様は、それを知っておられました。それでもその弟子達よりも低い所に立って、彼らに仕えられたのです。そして言われました。「主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです―(僕となって仕え合うべきです)―あなたがたがこれらのことを知っているのなら、それを行なうときに、あなたがたは祝福されるのです」(ヨハネ13:14~17)。「あなた方は祝福されるのです」。ここに、教会が、私達の様々な人間関係が、いや、人生そのものが祝福される法則があることを、私達は信仰によって信じます。イエス様は言われます。「神によって生かされている命を本当に生きようとするのであれば…すべての人の後に立ち、一番低い所に立って人に仕えることを学びなさい」。「一番低い所に立つ」ということは、私達を造り、支え、生かしておられる神様、主イエス様と似ることなのです。それこそ、神の目に、信仰の基準において「偉く」生きることです。だから「みなに仕える者となりなさい」(35)と言われるのです。そこに真の「偉さ」が現れるのではないでしょうか。逆に言うと「それが出来ないところに私達の罪―(人間社会の罪)―が現れる」のではないでしょうか。聖書が言う「罪」とは、「的外れな生き方をしている」ということです。私達の生き方は、「本来あるべき姿」から的を外しているのではないでしょうか。私達は、神に頂いた「偉さ、素晴らしさ」を正しく生きているでしょうか。
 しかしこの個所は、私達の信仰をさらに先に導きます。主は「低く立って人に仕えることを学びなさい」と言われました。誰に仕えるのでしょうか。その時にイエス様は、1人の子を真中に立たせて、彼らに言われたのです。「だれでも、このような幼子のひとりを、わたしの名のゆえに受け入れるならば、わたしを受け入れるのです…」(37)。舞台はカペナウムです。カペナウムで「家」と言われるのは、ペテロの家だったでしょうから、この子は「ペテロの子」だったかも知れません。いずれにしても「誰に仕えるのか」、「子供を受け入れ、子供に仕えなさい」と言われるのです。「みなに仕える者となりなさい」(35)、それは「小さき者を受け入れ、小さき者に仕えなさい」と言い換えても良いかも知れません。子供は可愛い―(可愛かった)。でも、だんだん難しくなります。腹が立つこともあるでしょう。その時、私達は「子供を受け入れることがイエス様を受け入れること」だとは思わないでしょう。しかし「みなに仕える者となりなさい」(35)、これは具体的なことです。目の前にいる「1人の子供」に仕えること、目の前にいる隣人を愛し、仕えることなのです。
 しかし、小さき人にどう接するかを語るために、なぜ罪のことを考えるのでしょうか。それは、自分の生き方が間違っている、自分の生き方は恐らく的を外している、そのことを本当に思わなかったら、私達は本音の部分で生き方を変えようとはしないからです。本当の意味で祝福の生き方をしようとはしないからです。罪を問うことは、イエス様の十字架を問うことです。それは、十字架で赦された自分を問うことです。
 皆さんは、ご自分のことをどのように思っておられるでしょうか。私は、最近やたらと昔の夢を見ます。あるいは、フト昔のことが思い出されます。どれも本当に醜い、恥ずかしい姿の自分です。そんな私が、何を立つ瀬に出来るのか。それは「ただ主の十字架の故に全てが赦されている」という一点です。こんな自分が、それでも、主が死ぬほど、いや死んだほど愛して下さり、赦して下さった。ただそのことを根拠に、私は立てる気がするのです。そしてそのことの感謝があるから、そして私のために死んで下さった方の言葉は真実であると、そこに祝福があると信じるから、「これからは、低いところに立つ生き方をして行きたい」と思えるのです。
 先日、保健師の方から改めて運動を勧められました。こう言われるのです。「『運動』って『運を動かす』と書くじゃないですか。散歩だけでも、足の裏にあるツボを刺激するのでとても良いのです」。「上手いことを言われるな」と思って、今、出来るだけ、朝の散歩をするようにしています。この説教のことをあれこれ考えながら、久峰公園の競技場を歩いている時、フト、こんな考えに導かれました。「これまで、人に迷惑をかけたり、醜い思いで人付き合いをしたり、受け持ちの子ども達にも辛く当たったり、ロクな生き方はして来なかったな」、そのように残念な、恥ずかしい、情けない思いになった時、その思いは「こんな者が良くここまで生かされて来たな。神様に感謝だな」という思いに変えられました。そして、さらに「せめてこれからは、どんな小さなことでも良い、人の役に立つ生き方、人を愛する生き方、人に仕える生き方をして行きたい」と、そんなように導かれたのです。そして、イエス様の教えの真実が思われました。自分の恥かしい経験ですが、しかしそのように、自分の罪を思う時、主への感謝が湧き、それが新しい生き方への動機づけになるのではないでしょうか。
 イエス様は、私達のために死んで、私達に永遠の命を下さいました。その方が、私達に真実でないこと、祝福に至らないことを教えて下さるはずがありません。永遠の観点から、私達を最善に導いて下さろうとしているのです。聖書に「ついには、あなたをしあわせにするためであった」(申命記8:16)とあります。私達の人生は、そこに向かって導かれて行きます。そこまでの私達の生きる生き方は、イエス様を見上げ、仕える生き方を選び、隣人を受け入れて行く生き方をして行くことではないでしょうか。その全てを、イエス様は「私にしてくれた」と受け止めていて下さるのです。イエス様に従い生きるなら、やがて人生を終える時、終えた後、私達は、自分の人生を、恥ずかしさをもってではなく、満足をもって振り返ることが出来るのではないでしょうか。そしてそこで、イエス様の御声を聞くことができることでしょう。「よくやった。良い忠実なしもべだ…主人の喜びをともに喜んでくれ」(マタイ25:21)。祈ります。
 

聖書箇所:マルコ福音書9章14~29節    

 カナダの教会に神学校の「クリスチャン・カウンセリング・コース」で学んだ兄弟が、時々参加してくれていました。彼が話してくれた話ですが、神学校での実習は「実際に彼がクライアント(患者)を相手にカウンセリングをしている様子がビデオに撮られ、後からそれを教授と一緒に見ながら指導を受ける」という形式だったそうです。失敗や上手く行かずに焦っている様子が、そのまま目に飛び込んで来るのでしょう。「あれは地獄だった」と、彼は言っていました。「自分の姿を第3者の立場から見せられて愕然とした」と言っても良いかも知れない。しかし、彼のカウンセラーとしての成長のためには、それが必要だったのです。それは、信仰についても言えるかも知れません。星野富弘さんが次のような詩を作っています。「自分の顔がいつも見えていたら、悪いことなんかできないだろう。自分の背中がいつも見えていたら、侘しくて涙が出てしまうだろう。あなたは私の顔をいつも見ている。私の背中をいつも見ている」(星野富弘)。「自分を第3者の立場から見つめる目」、それを信仰的に言い換えるなら「『神様の目に自分はどのように映っているのか』それを思う視点」と言うことが出来ると思います。その視点を持つことも必要だと思います。それが私達の信仰生活を助けるのではないでしょうか。
前回、「ヘルモン山の上でイエス様のお姿が変わった」という「変貌山」の記事から学びました。「変貌山」は、ペテロ達の信仰を励ます素晴らしい瞬間でした。しかし、山から下りて来た彼らを待っていたのは何だったのでしょうか。19節でイエス様が「いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう」(19)と嘆いておられます。何を嘆いておられるのか。「ああ、不信仰な世だ」(19)。不信仰を嘆いておられるのです。1人の父親が幼い時から「口をきけなくする悪霊」に憑かれて苦しんでいる息子をイエス様の所に連れて来ました。{「マタイ福音書」の並行個所には「てんかんで、たいへん苦しんでおります」(マタイ17:15)とあります。「てんかん」のような症状としてあらわれたのでしょう}。しかしイエス様は留守です。そこで麓に残っていた弟子達が「では私達が…」ということで癒そうとしました。しかし、彼らには癒すことが出来ませんでした。弟子達がうろたえているところに、律法学者が付け込んで来て、議論になったようです。「お前達はインチキじゃないか」、そう言われたかも知れません。そこにイエス様達が山から帰って来られ、結果としてイエス様がその子供の病気を癒される―(悪霊を追い出してしまわれる)―のです。
「苦しむ親子を前にして、誰も何も出来ずに、弟子と律法学者が議論している、その回りで群衆が騒いでいる」、その様子にイエスは「不信仰な世」を感じられたのだと思います。しかし、この個所の最後で弟子達がイエス様に尋ねます。「どうしてでしょう。私たちには…(悪霊を)…追い出せなかったのですが」(28)。それに対してイエス様は「この種のものは、祈りによらなければ、何によっても追い出せるものではありません」(29)と答えられます。この個所で深刻なのは、不信仰が「世の中(世間)にだけ」あったのではないということです。弟子達の中にも、不信仰があったのです。そして、その不信仰が彼らの「祈り」に現れたのです。「祈り」は、最も宗教的な行為です。だからこそ、「祈り」に彼らの不信仰が現れた。では、彼らは祈らなかったのか。もちろん祈ったはずです。では、なぜ「祈りによらなければ…」と言われるのか。彼らの何が不信仰なのか。
今日、この個所から「信仰を回復するために」というタイトルで3つのことを申し上げます。
 

1:信仰の回復のために神の目で自分を見る

 彼らの「祈り」の何が問題だったのか。2つのことが考えられます。1つは、「祈りは、積み上げなければならない」ということです。もちろんその場で祈ることも大切です。随分前ですが、「百万人の福音」にある先生が次のように書いておられました。「私は、人と会う前に1分間その人の状況を思いつつ祝福を祈ります。わずか1分、されど1分です。『自分を大切にするように相手を大切にする』ための1分間が互いを養い育てる関係を作ります」。そのようにその場で祈ることも大切です。でも一方で、祈りは「まじないの言葉」ではありません。「祈ればパッと不思議なことが起こる」というものではありません。「普段の祈りの積み上げ」、また「その祈りによって養われる神との関係」、そういうものが大切なのではないでしょうか。その意味でイエス様は「あなた方の祈りは『祈りの生活』に支えられたものではない」と言われていると、受け取ることが出来ます。
そのことに関連しますが、もう1つは―(そしてこちらが中心になりますが)―「祈りによらなければ…」という言葉を字義通りに受け止めれば、「あなた方は祈らなかった」というか、「あなた方の祈りは祈りではなかった」と言われたということです。「祈りが祈りになっていない」とはどういうことでしょうか。何が弟子達の祈りを妨げているのでしょうか。イエス様は弟子達にどのような不信仰を見ておられたのでしょうか。「マタイ」の並行個所では「あ、不信仰な、曲がった今の世だ…」(17)と嘆いておられます。「曲がった」というのは「神との関係が曲がっている」という意味でもあります。どういうことでしょうか。
 私には、こんな経験があります。ある有名な伝道者がバンクーバーに来られるということで、「先生の教会でもその方を招いて伝道集会をしてはどうか」とお誘いを受けました。教会で話し合って、その先生をお迎えして、伝道集会を開くことにしました。私は挨拶も兼ねて、その先生を空港にお迎えに行きました。ところが空港に行く車の中で―(何が原因だったのか)―家内と喧嘩になりました。空港では、そんなことはなかったかのように精一杯繕ってその先生をお迎えしました。その先生が「コーヒーが好きです。僕は蜂蜜を入れます」と言われたので、家内に「買って来て!」と言いました。彼女は、子供を抱えてスターバックスに買いに行きました。ところが蜂蜜はもらって来たけど、蜂蜜をかき回すマドラーをもらって来ていないのです。私は、家内に「マドラーをもらって来て!」と言いました。彼女は可哀そうに、また子供を抱えてもらいに行きました。その様子をじっと見ておられた先生が「だいたい君のことは分った」と言われました。「お前はなっとらん。もっと奥さんに優しくしなさい」ということです。私は、その言葉にドキッとした―(正確にはカチンと来た)。「初めて会って、10分やそこらで『君のことは分かった』等と言わないで欲しい」という思いがあったのです。その先生を宿泊先にお送りして、また夫婦喧嘩をしながら帰りました。夜になって、次の日の伝道集会をどのように進めようかと考えました。その時に「ニコニコしながら集会を進めている自分の姿」が見えました。「あぁ、ニコニコしながら集会を進行するのかな」と思ったら、非常に偽善的に―(また虚しく)―思えました。「そんな思いで参加はしたくない」と思いました。ところが次の朝、私は、先生のあの嬉しくない言葉によって、何か自分が整えられ、癒されているのを感じたのです。不思議な感覚でした。それもあって私は、伝道集会の場で、前日のことをほぼ正直に話しました。参加された方々がどう聞かれたか分りません。しかし、私自身はその集会を心から楽しむことが出来たのです。
情けない経験ですが、私にはレッスンでした。有名な先生を招いて伝道集会をするということで、私の意識は、その先生の目を含めた人の目とか、体裁とか、そのようなものばかりに行っていたように思うのです。人の目、あるいは自分の目、それが全てだったように思います。でも一瞬ですが、第3者の立場から自分を見たのです。ある意味で「神様の目に映る自分の姿」を見たのです。その時に、自分の偽善が見えた、大切にするべきものは何なのか、それが見えた気がしました。この時の弟子達は、「神の目に映る自分達の姿」を見ることが出来ていたのでしょうか。彼らの祈りの中で、神様こそが本当に大きな位置を占めていたのでしょうか。私と同じように、その視点がなかったのではないでしょうか。だから彼らの信仰生活が、そして祈りが、神の前に整えられていなかった、その祈りには、神ご自身に向かって行くような霊的な姿勢が無かったのではないでしょうか。それをイエス様は「神との関係が曲がっている」、「不信仰だ」と言われたのではないでしょうか。私達も、人の目ばかりが大きくなってしまうことがあるのではないでしょうか。だからこそ私達は、「神の目に映る自分」というものを意識する必要があるのではないかと思います。その時に「いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう」(19)というイエス様の声を聞くことが出来るのです。そこから、信仰生活の回復、祈りの回復が始まるのではないでしょうか。
 

2:信仰の成長のために主イエスの中に飛び込む

 しかしこの個所は、さらに私達の信仰の姿勢を先に導きます。子供の父親はイエス様に「もし、おできになるものなら、私たちをあわれんで、お助けください」(22)と言いました。それに対してイエス様は「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできる…」(23)と言われます。彼の「もし、おできになるものなら」という言葉は、イエス様に対する遠慮の言葉―(謙遜の言葉)―だったかも知れません。私達にも神様に対する遠慮があります。「神の主権」に対する謙遜があります。だから、それはそれで「あって然るべき」だとも思います。しかし父親の言葉には、もう1つの背景があると思います。彼は、恐らく子供を連れてありとあらゆる医者を訪ね、治療を試み、まじないをしてもらい、そして何度も絶望を味わったのではないかと思います。祈りもしたでしょう。でも聞かれない。その苦い経験から出ている言葉―(悲観的な疑いを含んだ言葉)―なのかも知れません。私も、祈りに「もし出来るならば…」とか「御心ならば…」と付け加えることがあります。皆さんはいかがでしょうか。申し上げたように、それは神の主権に対する遠慮でもあります。しかし一方で、その言葉を使う時、私達の中に不信仰はないでしょうか。つまり条件をつけて、もし祈りが叶わなかった時でも、信仰が傷つかないように、誰かを傷つけないように、予め逃げ道を造って安心しているような、そんな思いはないでしょうか。もし、そういう思いを持ちながら祈るのであれば、それも「祈りが祈りになっていない」、「不信仰だ、その祈りには力がない」と、イエスは言われるのではないでしょうか。「あなたがたが信じて祈り求めるものなら…」(マタイ21:22)と言われた言葉の重みを思うことです。
 しかしそうは言っても、私達には「完全に信じ切って祈る」ということは難しいのではないでしょうか。「その信仰を持ちたいが持てない」、それが現実です。しかし、だからこそこの物語があるのです。イエス様の「いつまであなたがたにがまんしていなければならないのでしょう」(19)は突き放した言い方ではないのです。その弱い不信仰を背負い続けようとされるからこその嘆きなのです。しかしイエスは、嘆かれるだけではない。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできる…」(23)と言われるのです。「信じる者」とは誰か。「信じる者」とは、誰よりもイエス様のことです。イエスは、父なる神の恵みを信じておられる。信じ切って祈られるから、神の力で癒せるのです。しかしイエスは、ただ「私は信じているから出来る」と言われるのではないのです。父親は言います。「信じます。不信仰な私をお助けください」(24)。彼は「信じます。だから子供を助けて下さい」とは言っていない。いや、そういう思いはもちろんあるでしょう。しかし、言葉としては「信じます。信仰のない私を助けて下さい」です。「助けて下さい」。何を助けて欲しいのか。「私の信仰」です。「メッセージ訳聖書」は「疑う私を助けて下さい」(24)と訳しています。イエス様は「信じる者にはどんなことでもできる」と言われた。しかし彼は、「もしおできになるものなら…」という信仰しか持ち合わせていない。彼は「その信仰」を「信じることが出来るような信仰に引き上げて下さい」と言っているのです。ですからイエス様の言葉は、「あなたの信仰を一旦脇に置いて、私の信仰の中に飛び込んで来なさい。その思いを持ってみなさい」という励まし、彼の信仰を助けようとされる言葉でもあるのです。
 イエス様は、不信仰を嘆かれただけではく、その不信仰の人々の中に信仰を生み出そうとしておられるのです。私達も「もし、おできになるなら…」としか祈れないような者です。祈りに様々な条件をつけて安心しようとする者です。だからこそ、その信仰を育てて頂く必要があるのです。それは「信じる者には、どんなことでもできる」と言われるイエス様の信仰の中に、自分も飛び込む思いを持つことが出来るように、願い求めて行くことではないでしょうか。
 三浦綾子さんについて、こんな話があります。夫の光世さんとの結婚式を半月後に控え、病弱だった綾子さんは高熱を出して床に臥してしまいました。医者に掛かっても、安静にしても熱が引かない。とても結婚式が出来る状態ではない。家族は「結婚式延期」の通知を出そうとします。その時、光世さんだけはただ一人、「必ず熱は下がります。この結婚を導いて下さった神を信じましょう」と言って譲らなかったのです。当日の朝になって、嘘のように熱が下がりました。三浦さんは「ヘブル書」の「確信を投げ捨ててはなりません。それは大きな報いをもたらすものです」(ヘブル10:35)の言葉を噛み締めた、と書いていました。この時、光世さんも、イエス様の信仰の中に飛び込んだのではないでしょうか。そのような信仰を、イエス様は私達にも期待されているのではないでしょうか。
 

3:信仰理解のために、聞かれない祈りに恵みを見る

 しかし、ここで確認しなければならないのは、「『祈ったけど癒されなかったのは、祈った人の信仰が足りなかったからだ』というような考え方をしてはいけない」ということです。
 ある先生が「神は、3つの方法で祈りに答えて下さる」と言われるのです。「1つは、すぐに祈りが聞かれるという方法、2つ目は、時間をおいて聞かれるという方法、3つ目は、祈りが聞かれないという方法で答えて下さる…しかし『聞かれない』ということの中にも必ず神様の愛と理由がある」と言われるのです。その例としてご自分の奥様の話をされました。奥様は、最近、倒れられたそうです。お体がご不自由です。その先生も「私は何か悪いことをしのだろうか、何か間違っていたのだろうか」と思われたそうです。しかし、少し落ち着て来て、考えが変わって来たそうです。夫婦して奉仕のために世界中を飛び回っていた。奉仕(仕事)にのめり込んでいた。止めようにも、止めることが出来なかった。特に奥様は、世のため、人のため、自分を忘れて奉仕された方だそうです。「あのまま行ったら、私達は命を縮めていたのではないか。神様は、こういう形で私達に立ち止まることを与えて下さったのではないか。私達は愛されているのだ」。そういう話でした。「不幸に見えることの中に必ず感謝がある」ということです。私達は、祈りについて、信仰について、そのようなことも、理解しておきたいと思いました。
 
4:最後に
 まとめます。私達は時に不信仰です。でもイエス様は、私達の不信仰を背負い続けて下さいます。だからこそ、「いつまであなた方にがまんしていなければならないのでしょう」というイエス様の呻きを聞き続けたいと思います。そして「神の目に映る自分の姿」を見る視点を持ちたいと思います。そして「イエス様の信仰に飛び込んで行くような信仰」を、「祈りの姿勢」を、持ちたいと思います。信仰を育てて頂きましょう。祈りの生活をしましょう。

聖書箇所:マルコ福音書9章2~13節    

 昨年11月、1人の姉妹とお話をする機会があり、「この信仰は本物ですよね」と繰り返し言われるのを聞いて、その方が前に話して下さったことを思い返しました。その方は、お子さんの問題で救いを求めて新興宗教に打ち込まれた時代があったのです。「お金も随分と捧げた」と言われました。でも、やがてその団体から追い出されるようにして関係が切れてしまった。しかし、そこから教会に導かれ、教会で聖書の神に出会われました。「神に出会い『この神様が本当の神様だ。この神様を信じて良いのだ』と分かった時、本当に嬉しかった」と言われました。神を求め、新興宗教のモヤモヤとしたものと通って来られただけに「この神様を信じて良いのだ」と分かった時の喜びは大きくていらっしゃったのだろう、と思いました。「この神様を信じて良いのだ」という励まし、それが今日の箇所でペテロ達が受けている励ましであり、また私達が受ける励ましです。
 今日の箇所は「変貌山」と呼ばれる出来事を記します。この山がどこだったのか。ガリラヤの南の「タボル山」説と、北方の「ヘルモン山」説があります。私は「ヘルモン山」説を取ります。そこでイエス様のお姿が栄光のお姿に変わるのです。「この出来事にはどのような意味があったのか」、「私達にどのようなメッセージを語るのか」、2つのことを考えましょう。
 

1.この出来事の意味~弟子達を教育した「変貌山」

 2節に「六日の後」とあります。いつから「六日経って」か、というと、8章27節でペテロがイエス様に「あなたこそキリストです」と告白した、そこから6日後ということです。その時、「ペテロの信仰告白」を受けて、イエスは「ではご自分がメシアであるとはどういうことなのか」、教えられました。8章31節に「それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、また殺され、そして三日の後によみがえるべきことを、彼らに教えはじめ、しかもあからさまに、この事を話された」(31)とあります。ところがイエスがそう教え始められると、直ちにペテロが「…イエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめた…」(32)のです。なぜ諌めたのか。「ペテロが期待していたメシア(救い主)の姿」と「イエスが説明されるメシアの姿」が違うのです。「指導者に殺されるような、そんなメシアでは困る」、ペテロはそう思いました。そう思って必死になって「そうじゃないでしょう」とイエス様を説得したのです。
 カナダであるオランダ系カナダ人のご家族にお世話になりましたが、その方々が「オランダ人はカナダが大好きだ」と言われました。第二次大戦中、ナチス・ドイツに占領されたオランダを、カナダ軍が解放したからだそうです。軍事力が軍事力を打ち負かしたのです。「力」が「力」を打ち負かした。私達の中にも、そういうものを期待する思いがあると思います。悲惨なことが起こる。多くの人が血を流す、苦しむ。そうすると「もっと大きな力」がそれを破ること、そういう悲惨を蹴散らす強い力を期待する。長い間、外国の支配を受けて来たユダヤ人にとってメシアとは、そういう激しい力を持った存在でなければならなかったのです。ところが、イエスの語られるメシア像は、そうではなかった。イエス様の十字架を描いた「パッション」という映画が、一時期話題になりました。ローマ兵に鞭打たれて、倒れながら、ボロボロになって重い十字架を担いで歩かれるイエス様がいる。私は、「どこからか正義の味方が出て来てイエス様を助けてくれないものか」と本気でそう思いました。しかし、正義の味方は出て来ない。いずれにしてもイエス様は、人を愛し、自分が殺されることによって―(十字架の上で人々の罪の裁きの身代わりになることによって)―人々に「罪の赦し」を、「神との和解」を、「神と繋がることにとってだけ得られる祝福」を、「本当の命」を、「本当の解放」を、与える救い主だったのです。
 しかしペテロ達は、イエスの教えるメシア像を理解出来ません。しかもイエスは、ご自分の受難を予告されただけではない。「…わたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(8:34)と言われる。彼らはますます理解出来ない、というか理解しようとしないのです。そこで弟子達に「イエス様の言われること―(暗い言葉/死の予告)―を受け入れ、さらにそこに希望を持つような―(希望を見出すような)」、そういう教育が必要だったのです。その希望を、神ご自身が与えて下さったのが「変貌山」の出来事でした。
 この出来事は、どのように彼らを教え、彼らに希望を与えたのでしょうか。3つのことが起こりました。1)イエス様の姿が変わりました。「ヨハネの黙示録」に栄光のイエス様の姿があります。「その頭、その髪の毛は、白い羊毛に似て、雪のように白く…顔は強く照り輝く太陽のようであった」(黙示録 1:14、16)。「変貌山」のイエス様の姿は、「黙示録」の栄光のイエス様の姿に良く似ています。イエス様の姿は、天におられる栄光の姿に変わったのです。それは彼らに「イエス様の神性」を印象付けることになるのです。2)モーセとエリヤが現れます。モーセは、神の律法を預かり、それをイスラエル人に与えた「律法の授け主」です。エリヤは、「旧約」の歴史に登場する「最大の預言者」です。「旧約聖書」は「律法と預言者」(ルカ7:12)と表現されます。モーセとエリヤはその代名詞ですから、2人が現れたということは、「旧約に書き記された『神の救いの計画』はイエスによって成就するのだ―(『イエス様、さあそのまま進みなさい』と彼らが励ました)」ということが示されたということです。3)雲の中から「これは、わたしの愛する子である。彼の言うことを聞きなさい」(9:7)という声がしました。雲は、神の臨在を意味します。その声が言った。「イエスに聞き続けなさい。イエスに従っていれば間違いない」。
 この出来事を受けて、ペテロは「私たちがここにいることは、すばらしいことです」(5)と言いました。「もうこれでいい。この輝きの中にずっといることが出来ればどんなに素晴らしいことか」ということでしょう。イエス様の姿が、そのように栄光に包まれた。彼らは栄光のイエス様を見た。そのことは大きかったのです。やがてイエス様の輝きは消えました。しかしその後、彼らは、普通の状態に戻ったイエス様の中に「輝き」を見ることが出来るようになるのです。そして大切なのは、8節「自分たちといっしょにいるのはイエスだけで、そこにはもはやだれも見えなかった」(8)という言葉です。ペテロ達は「輝きの中におられたイエス」が、我に返った自分達と一緒にいて下さるのを改めて知ったのです。おぼろげでしょうが「死を超えて一緒にいて下さる」というイエス様のイメージを掴むのです。こうしてイエスがいくら説明しても分かろうとしない弟子達に、強い印象を与える形で「神の教育」が、「『イエス様に従って良いのだ。その先に勝利があるのだ』という励まし」が、与えられたのがこの出来事でした。
 その訓練(励まし)の効果が、10節に記されています。9節でイエス様は「人の子が死人の中からよみがえるまでは、いま見たことをだれにも話してはならない」(9)と命じられます。それまでは「よみがえり(復活)」ということが全く分からなかった彼らが、「よみがえり」について論じ始めるのです。ある牧師は「彼らの中に『甦りの光』が見え始めた」と言っています。彼らは、理由が分からない時でもしがみつくことのできるものが、立つことの出来るところが、見え始めた、希望が見え始めたのです。
 しかし、弟子達には疑問が湧きます。「もしイエス様がメシアなら、その前に『エリヤ』が肉の体をもって現れ、活動するのではないですか」。イエスは、それに答えつつ、改めて受難予告をされます。この部分は「リビングバイブル」が分かり易く訳しています。「イエスは、『まずエリヤが来て道を整えるというのはほんとうです。実際、エリヤはもう来たのです』とお答えになりました。そして、エリヤが預言どおり、人々からひどい仕打ちを受けたことを説明してから、『では、メシヤが多くの苦しみを受け、さげすまれると預言されていることは、どう考えますか』とお尋ねになりました」(9:12~13リビング・バイブル)。「エリヤ」とはバプテスマのヨハネです。人々はヨハネを歓迎しながら結局は殺してしまいます。そして同じようにイエスを扱うのです。しかしイエスは「預言されている」と言われました。「新改訳13節」では「(聖書に)書いてあるように」と言っておられます。「預言されている」、「(聖書に)書いてあるように」ということは、「神の計画通りに」ということです。「神は全てのことを知っておられる。どんなことも神の御手の外で起こっているのではない。神は全てを包み込む計画を持っておられ、十字架の苦しみは神の御手の中で変えられる」と語られるのです。彼らは、これまでとは違う「光」の中でイエスの言葉を聞き始めるのです。もちろん不十分です。それでも「苦しみ、悲しみの先に光がある」というキリスト教信仰のアイディアに触れるのです。「変貌山」の出来事は、このように弟子を教え、励ますものだったのです。
 

2.この出来事のメッセージ~信仰生活にある「変貌山」

 イエス様の十字架と復活、そして聖霊降臨によって教会は誕生しました。しかし「なぜ十字架に掛けられて殺されたような者を救い主として拝むのか」、教会が問われたことです。イエスは、力で力を蹴散らすようにして救いを達成された方ではなかった。自分を犠牲にして、命まで差し出して、救いを達成された方でした。そんなイエスを、人々はどうにでも扱いました。イエスはその中で、一見「弱さ」の中を歩んで行かれました。しかしそれは「神の御心の道」だったので、「弱さの象徴である十字架」は「救いの道を造る勝利の印」となったのです。教会は「神を信頼して神の御心の中を歩まれたイエス」の中に本当の勝利を見たのです。だから同じように神の御心を―(イエスの言葉を)―第一にして、弱さの中をひたすら歩んだのです。力に対して力で対抗しようとしませんでした。また出来ませんでした。その結果、確かに多くの苦しみがありました。しかし、その力を持たない教会が、やがてローマ帝国に勝利するのです。教会を迫害しては、もはや帝国がやって行けなくなるのです。キリスト教に最後に抵抗したローマ皇帝は、こう言ったと伝えられています。「ガリラヤの人よ―(ナザレのイエスよ)、あなたは勝った」。
 この箇所は何を語るのか。神は言われました。「これはわたしの愛する子である。これに聞け」(7)。ペテロが「わたしたちは、小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのために…」(5)と言った時に聞こえて来たのは、「(そんなことはよいから)―彼の言うことを聞きなさい―(イエスに従っていれば間違いない)」という言葉でした。私達がすることも、神の御心の中を歩むために、イエスに従うために、イエス様の言葉を聞き続けることではないでしょうか。そして聞いたことを大切にして歩むことです。なぜなら、人々は、イエス様を好き勝手にあしらいました、殺してしまいました。しかし、イエスが神の御心を歩まれた故に、神はイエスを甦らせたのです。9節には「人の子が死人の中からよみがえる…」(9)という言い方がされていますが、聖書には「よみがえらされた」と受動態に書いてある箇所が沢山あります。神がそうして下さるのです。
 同じように、私達の人生も、自分の思うようにはならない。色々なことで翻弄され、傷を受け、本当にどうして良いか分からないようなこともあります。しかしその時も、私達がすることは、イエス様の言葉を聞いて、神様を信じ、イエス(神)の御心を生きようとすることだと思います。その時、初代教会が弱さの中で神の勝利を経験したように、私達も―(私達は弱いかも知れない。でもその弱さの中で)―神の勝利を経験して行くはずなのです。私達の業ではない、マイナスをプラスに変えて行かれる神様によって、神の御業に与るはずなのです。
 しかし、それでも私達の信仰は、時には弱り、疲れます。時には絶望的な思いになることもあります。私もそうです。しかし神様は、私達がイエス様に従い歩くのが難しくなる時、励ましを必要とする時、その時に私達にも「変貌山」を与えて下さるのではないでしょうか。新しく神を知る経験、イエスが一緒にいて下さることを新しく確認させられる経験、そのような私達にとっての「変貌山」を備えて下さるのではないでしょうか。 
 何度もご紹介している、カナダで出会ったご高齢の兄弟の話を思います。このご夫妻は、施設の子供さんを短期間、家で与り、お世話することをしておられました。ある時、1人の子供さんを3か月預かってお世話をされました。ところが施設に返す時になったら、その子が「帰りたくない、このままここで暮らしたい」と言いました。兄弟は、自分達の年齢を考えた時、この子を大きくなるまで育てられるかどうか自信がない。そこで「やはり施設に返そう」と施設に連れて行った。ところが、そんなある夜、夢の中に小さな天使が現れて、彼の膝に乗って彼の胸をつかんでゆすった。同時に「最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです」(マタイ25:40)の声が聞こえて来たのです。それで、目が覚めた時、「引き取るのが御心や」と確信されたのです。不安はあった。でも、施設に行き、その子の手を引いて施設から帰る時、空を見上げたら、西の空から東の空までキリストが両手を広げて立っておられたのが見えたそうです。「その子の責任は私が持つから、あなた方は出来ることをやりなさい」という励ましだったと思います。そしてそれは、その方にとって「変貌山」だったと思います。
 いつも、いつも、特別な出来事があるわけではないかも知れない。また何か劇的なものではなく、もっと日常的な、もっと細やかなものかも知れません。しかし神は、私達が神への信頼を新たにするために、これからも色々な「変貌山」を与えて下さるに違いないと思うのです。私達の信仰生活はそのようにして導かれて行くに違いない、私はそう信じるのです。
 でも、私達には心配があります。「神を知らされる経験をした。でもその私は、御心の中を生き得ているのか」、そういう呻きがあると思います。ペテロはこの後どうなるのでしょうか。彼も、イエス様に従って行くことが出来なくなるのです。十字架の前にイエス様を捨てるのです。私達も、イエス様に従えないことが多いかも知れません。しかし、だからこそイエスは、力を持って来られたのではなく、私達の代わりに罰を受けるために弱くなって来て下さったのです。ペテロが裏切る前に既に言われました。「わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟達を力づけてやりなさい」(ルカ22:32)。私達の弱さは、十字架の故に赦されているのです。平行箇所の「マタイ17章」にこうあります。「…『…彼の言うことを聞きなさい』という声がした。弟子たちは、この声を聞くと、ひれ伏して非常にこわがった。すると、イエスが来られて、彼らに手を触れ、『起きなさい。こわがることはない』と言われた」(マタイ17:5~7)。「起きなさい。こわがることはない」(マタイ17:7)、この声は、地上を生きる限り、神に逆らうものを抱えながら、そしてそれを赦してもらいながら信仰生活をして行く私達に、イエスが語り続けて下さる言葉だと思います。私達は、あなたは、赦されているのです。
 まとめます。イエス様の言葉を聞き、神を信じ、御心を生きようとする中に勝利の生き方があることを信じましょう。私達は弱くても、神が私達を赦し、人生のイニシアティブを取って、私達の人生に勝利を与えて下さいます。そのように歩んでいく先には「この輝きの中にずっといることが出来ればどんなに素晴らしいことか。何も要らない」、そのような時が備えられているのです。信仰が弱った時は、主が「変貌山」を与えて励まして下さいます。その導きにすがり、信仰に励みたいと思います。
 

聖書箇所:マルコ福音書8章31~9章1節    

 先日、K兄の納骨式が行われました。葬儀も納骨式も、ご遺族の皆様はもちろんですが、教会で親しい交わりをさせて頂いた私達にとっても辛く、寂しい時です。私は、葬儀の時には涙が出て来て、説教の原稿が見えなくなったり、声が途切れたり、失礼をしてしまうことも多いのです。しかしクリスチャンの葬儀には、悲しみだけでなく、喜びと励ましもあります。喜びというのは、その方の人生をお祝い出来ることです。神様に導かれて生きられたその尊い 人生を心からお祝い出来ます。そこで「よくやった。良い忠実なしもべだ」(マタイ25:21)という主の声を聞く、その時、喜びがやって来ます。そしてそれは、神様にその方を「お委ね致します。祝福して下さい」と祈れることでもあります。励ましというのは、その方の生きられた人生の歩みの中に、豊かな愛を感じる時、神を愛し、家族を、隣人を愛された素晴らしい愛を感じる時、自分のこれからの歩むべき道を示され、人生を励まされる気がするのです。人生の最後に残るのは「神を愛し、家族、隣人を愛する、その愛にどれだけ生きたか」ではないかと思わせられます。聖書に「彼は死にましたが、その信仰によって、今もなお語っています」(へブル11:4)とありますが、その方の信仰の生涯が私達に豊かに語って下さる、それはクリスチャンの葬儀に参列する大きな恵みだと思います。私達の人生は死で終わらない。私達は、死という門を通って本当の祝福に入って行く、そういう希望に生かされています。だからこそ、この人生を、本当に大事に生きて行きたいと願うのです。
 その意味で、イエス様が私達に語りかけて下さるのが、今朝の箇所です。この箇所の前に「ペテロの信仰告白」があります。ペテロはイエス様に「あなたは、キリスト―(ヘブル語の『メシア』、日本語の『救い主』)―です」(8:29)と告白しました。しかしその時、イエスは「そのことをまだ誰にも言うな」と言われます。それは、ペテロを初め弟子達が「ではメシアとは何をする者なのか。イエス様がメシアであるとはどういうことなのか」、それを正しく学ばなければならなかったからです。そこで、それを教えられるのが今日の個所です。しかし「メシアであるとは何を意味するのか」、それはそのまま「メシアの弟子(クリスチャン)であるとは何を意味するのか」、そこに繋がって行きます。「内容」と「適用」と2つに分けてお話します。
 

1:内容…豊かに生きるために自分に死ぬ

 まず語られるのが「メシアであるとは何を意味するか」ということです。31節「それから、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められた」(31)。イエスは「神のメシアは、指導者達に殺されることによって救いを成し遂げるのだ」と語られました。それが「旧約聖書―(特に『イザヤ書』53章等)」が預言する「メシア」の姿でした。「復活」は、この時のペテロには理解出来ないことだったでしょう。だから彼の耳には「私は指導者達に殺される」という言葉だけが飛び込んで来たはずです。だから、それを聞いたペテロは「イエスをわきにお連れして、いさめ始めた」(32)のです。「諌めた」とありますが、ギリシャ語では「叱った」という言葉です。ペテロはイエス様を叱ったのです。「そんなことを言ってもらっては困ります。何ということを言うのですか」と叱った。当時の人々の考えていたメシアとは、「ローマ帝国に支配されているユダヤ人国家をローマから解放してくれ、かつてのダビデ王時代の栄光を取り戻してくれる存在」でした。弟子達も、イエス様の中にそんな姿を夢見てついて来たのです。イエス様が支配者になれば、自分達もそれなりの立場について…と思っていた。だからペテロは、イエスの仰ることを受け入れることが出来なかった。「殺されるようなメシアは、私達の願っているメシアではない」という思いがあったのです。
しかしペテロの「心得違い」に対して、イエスは激しい叱責を為さいます。「下がれ。サタン」(33)。「イエスは…弟子たちを見ながら、ペテロをしかって…」(33)とありますから、ペテロ1人の問題ではない、弟子達皆がそう思っていたのです。しかし、なぜこんな激しい言葉を使われたのか。それは、ペテロの言葉は「イエス様が正に誘惑を感じておられたこと」だったからです。31節で「人の子は必ず…捨てられ、殺され…なければならない」(31)と言われます。「新共同訳」は「人の子は必ず…排斥されて殺され…ることになっている」(31)と訳しています。「そうなることが既に決まっている」と言われる。誰が決めたのか。神様です。人間としてのイエス様は、その神の決められたことに従おうとされていたのです。なぜでしょうか。
 前にもご紹介しましたが、ベサニー・ハミルトンという人は、サーフィンの練習中に左腕をサメに食いちぎられてしまいます。腕から大量の血を流しながら、「神様、助けて下さい」と祈りながら、ボードに乗って水をかいて浜に着くのです。死ぬかもしれないと思う瞬間には「私は神様に守られている」と思うことで、そこを通って行きました。浜に着くと、友達のお父さん、救急隊員が助けてくれました。意識も混濁した彼女を支えたのは、救急隊員の言った「神様は決して君を見放したり、見捨てたりしないよ」という言葉でした。やがて手術が成功し、一命を取り留め、助かったと分かりました。しかし彼女は、プロのサーファーになりたいという夢が砕かれ、心が張り裂けそうにズタズタでした。その彼女を励ましたのは、神の言葉でした。「わたしは、おまえたちのために立てた計画をよく知っている。それは災いではなく祝福を与える計画で、ばら色の将来と希望を約束する」(エレミヤ29:11)。彼女は「神様は私の人生に計画を持っていて、神様は悪から善を生み出してくださる」と信じて励まされ、やがて片腕でサーフィンに再挑戦し、努力を重ね、コンテストで優勝するまでになるのです。彼女の人生は劇的です。しかし、私達もそれぞれに、助けを求めて祈り、神に希望を見て立ち上がり…そういうところを通って来たのではないでしょうか。CSルイスは「人間は神を燃料にして走るように造られている」(CSルイス)と言いました。私達には、何より神と結びつくことが必要なのです。では、罪ある私達を、何が神と結びつけてくれるのか。イエス様の十字架の贖い―(身代わりの死)―だけが、それをして下さるのです。だから、イエス様は十字架への道を歩かれたのです。
 しかし人間的に言えば、そういう道を歩むことが嬉しいはずがありません。イエス様の心にサタンが働いていた。「神の使命を果たす者が、本当にそんな苦しみを受けなければならないのか。そうではなく、メシアはもっと華々しい道を歩むはずではないのか。人々の拍手喝采を浴びるようなメシアの道があるのではないのか」。恐らくそういう誘惑を感じておられたのではないでしょうか。ペテロは、その誘惑を励ました、この点において「サタン」になってしまっていたのです。だからこそイエス様は、その誘惑を振り切るように、そして何より「サタンになってしまっている愛弟子」を取り戻すために、激しく叱責されたのです。「下がれ」、この言葉は「後ろに回れ」という言葉です。「私の前に立つな。私の導き手になるな。それは荒野で誘惑して来たサタンの姿だ。私の後ろに回ってもう一度弟子になりなさい。私に従いなさい」、そう言われたのです。
「もう一回後ろに回って、従いなさい」。「従う」とはどういうことか。ここから「イエス様の弟子であるとは、何を意味するのか」という話になって行きます。イエスは言われました。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」(34)。「自分を捨て、自分の十字架を負い…」とはどういうことでしょうか。「十字架を負う」とは、本来の意味は「死刑場に向かって歩いて行く」ということです。その意味で「十字架を負い…」というのは「自分を殺す」ということです。では「自分を捨て、自分を殺す」とは、どういうことでしょうか。ペテロが殺さなければならなかったのは、「ペテロの中に住むサタン」です。言葉を換えると「生まれつきのままの自我、自己中心に支配された人間的な思い」です。それが、イエス様をさえ導こうとしたのです。それを殺さなければならなかった。「自分を殺す」というのは、激しい言葉ですが、シスターの渡辺和子さんが「小さな死」ということを言っておられます。「『小さな死』とは、自分のわがままを抑えて、他人の喜びとなる生き方をすること、面倒なことを面倒くさがらずに笑顔で行うこと、仕返しや口答えを我慢することなど、自己中心的な自分との絶え間ない戦いにおいて実現できるものなのです。『一粒の麦が地に落ちて死ねば多くの実を結ぶ』ように、私たちの『小さな死』はいのちを生むのです」(渡辺和子)。「自分を殺す」とは、生まれつきのままの自我に導かれる生き方、それを殺すことではないでしょうか。そしてそれは「本当にイエス様の後ろに回って、自我に従うのではなく、イエス様の教えに従って歩いて行く」ということではないでしょうか。なぜならイエス様は「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです」(ヨハネ10:10)と言われました。自我ではない、イエス様に従って生きるところに本当に豊かに生きる道があるのです。具体的には、イエスは「神を愛し、隣人を愛して生きなさい」と言われました。星野富弘さんがこんなことを言っています。「色々と経験してきて、自分のためにだけ生きようとした時は、これは本当の意味で自分のいのちを生かしているのではないなと思いました…いちばん喜びを感じるのは、人のために…何かできた時や、自分のやっていることが他の人に喜んでいただけた時なんです。何か人の役に立てた時、いのちがいちばん躍動していると思うと同時に、自分自身の中にも感謝の気持ちが出てきます。いのちというのは、自分だけのものじゃなくて、だれかのために使えてこそ、本当のいのちではないかと思いました」。愛に生きるところに人生の豊かさがあることを語っておられます。
 イエス様は、さらに言われます。「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう」(36)。この「いのち」とは、「私達の魂、心、私達の本当のいのち」、そのように表現しても良いと思います。神が「このいのちを本当に大切にして素晴らしく生きるように」と、そのように造って下さったその「いのち(人生)」です。そしてそれは「永遠のいのち」に続く「いのち」です。イエスは「人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう」(36)と言われました。「そのいのちを失うような生き方をしてはいけない。本当に大切に生きる生き方をしなければならない。永遠のいのちに繋がるような、やがて神と一緒になって喜べるような生き方をしなければならない」と言われたのです。
 ジョン・ロスというメノナイトの学者が言いました。「『霊なる存在』であられた神の御子は『肉(人間の形)』を取られた。目に見える具体的な存在となって下さった。それは『信仰は受肉しなければならない。信仰は具体的な形を取らなければならない』ということです」(ジョン・ロス)。「イエス様を信じていればそれで良い」ということではないのだと思います。私達が本当にイエス様を信じているなら、その信仰は「イエス様に従って歩く」という形を取らなければならない。それが結果として「与えられているいのち」を大切に、豊かに行くことになるのです。「そのために、私の後ろに回って、私の背中を見ながら、私の言うこと、することを学んで、私について来なさい」、イエスはそう言われるのです。
 

2.適用…主イエスに従って歩く

 短く適用を考えます。34節に「イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた。『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい』」(34)とあります。ここで注目しなければならないのは「イエスは群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて、彼らに言われた」という部分です。イエス様は、この言葉を12弟子だけに語られたのではないのです。一部の特別な信者にだけ語られているのではないのです。全ての信仰者に―(あなたに、私に)―語っておられるのです。それが一番の適用だと思います。
 さらに言えば、イエスは35節で「わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです」(35)と言われた。「『十字架を負う』、その1つの形は『福音を広めるための奉仕に自分のいのちを用いることだ』」と言われたのです。アメリカの公民権運動のキング牧師に大きな影響を与えたのはインドのガンジーですが、ガンジーはキリスト教に深い造詣を持っていた人です。ある人がガンジーに言いました。「そんなにキリスト教が良いと思うならクリスチャンになってはどうだい」。彼は答えました。「本当にイエスに従っているクリスチャンに出会ったら考えるよ」。私達は、この地に置かれた教会として「この地の方々に神に出会って頂くため」に伝道して行きたいと願います。それは、神様が私達に期待して下さっている私達の使命です。でも、人々に神に出会って頂くために大切なこと、それも「イエスを信じているクリスチャン1人1人が本当にイエスに従って生きること」ではないでしょうか。聖霊の助けを頂いて、イエス様に従って歩くということを真剣に、具体的に、求めることではないでしょうか。そしてどんな小さなことでも良い、イエスの御言葉に従って生きることではないでしょうか。さらに言えば、あのアーミッシュの人達が、イエス様の御言葉に従って敵を愛したように、私達も願わくは、イエス様に倣って人を愛する労苦のために自ら死ぬことではないでしょうか。大きなことではない。ある神学者が言いました。「家族を助けるために自分を捧げること…それも自分を殺すことなくしては出来ない」。そういうことです。自分を殺すことなくしては、本当の意味で人を愛することは出来ないのでしょう。
 このことについて1つの話をして終わります。「左腕を失った柔道家がいました。先生は彼にトーナメントに出場するように勧めました。彼は『そんなのは無理だ』と言いました。しかし先生に強く勧められ、出ることにしました。彼は、来る日も来る日も黙々と1つの技を練習しました。彼は、時に言いました。『先生。こんなことをしていて、私は勝てるのでしょうか』。先生は『私を信じなさい』と言いました。彼は、ハワイで行われたトーナメントで、大方の予想を裏切って勝ち続け、ついに優勝してしまったのです。先生は勝因を分析しました。『勝因は2つある。1つは、1つの技を黙々と練習したこと。それが実を結んだのだ。しかしもう1つは、相手がお前の左手を掴めなかったこと。相手が掴むべき左腕がお前になかったからだ。お前にとって不利だと思われたことが有利に働いたのだ』」。私達にも、それぞれが抱えている状況があります。しばしばそれは変えられない。でも、その中でイエス様の言葉を信じて、黙々とイエス様に従って歩いて行く時、神がその状況さえ益と変えて、そして素晴らしいことを私達の人生にして下さるのではないでしょうか。本当の意味で豊かな人生を送らせて下さるのではないでしょうか。
 イエス様は38節で「この…時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます」(38)と言われました。イエス様に従って生きる時、空しい思いをすることがあるかも知れません。しかし、やがて主にお会いする時、「よくやった。良い忠実なしもべだ」(マタイ25:21)とイエス様と一緒に喜べる日が必ず来るのです。その日に向かって、置かれた場所で、主に従って黙々と生きて行きたいと願います。