2023年1月 佐土原教会礼拝説教

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聖書箇所:マルコ福音書14章22~26節  

 私達がカナダで仕えた日本語教会は、イギリス国教会所属の教会の会堂をお借りしていました。日本語教会の礼拝は午後でしたので、私は時々、その教会の午前の礼拝に出席しました。その教会は、「90年前の礼拝」をそのまま守っている教会で、奉仕者は「修道士が着るような着物」を着て奉仕をしていました。しかし、私達の礼拝とその教会の礼拝で一番違う点は、その教会は、毎週「聖餐式」をすることでした。(「キリストの体の象徴としてのパン」を食べ、「キリストの血の象徴としての葡萄酒」を飲む、それを「聖餐」と言います)。その教会では、「聖餐」のプログラムになると、正面の祭壇に向かって出席者全員が2列に並びます。前から順番に、祭壇の所で、祭司から500円玉のような形をしたパン(ウェハース)を受け取ります。祭司は、1人1人に「これは、あなたのためのキリストの体です」と言って渡してくれます。それを受け取ると、次に奉仕者が葡萄酒の入っている大きな杯を差し出してくれます。杯に口をつけて葡萄酒を飲む人もいましたが、私は葡萄酒にウェハースを浸して食べていました。本物のワインなので、それだけでも顔がポッとするような感じだったのを覚えています。
そのように「聖餐」を毎週祝う教会もあります。メノナイト教会では、伝統的に「年に3~4回」行うところが多いのではないかと思います。なぜかというと「『習慣として「聖餐」を守る』という守り方をしたくなかった」というのが、その理由のようです。「聖餐」を特別なものと考えて、受難週とか、イースターとか、クリスマスとか、そういう特別な時に「聖餐」を祝って来た、そういう伝統があるようです。しかし「聖餐」を大切にするという思いは、「頻繁に行う、行わない」に関係なく、どの教会も等しく持っているものです。
今日の個所は、「聖餐が制定される」記事を記す個所です。しかし「聖餐の制定」というのは、そのまま「新しい契約の制定」の意味がありました。「新約聖書」の「新約」というのは「新しい契約」という意味です。「聖餐」を通して「新しい契約(新約)」がイエス様と弟子達―(彼らに続く全ての弟子達/信者達)―との間に制定された。それが最初の「聖餐式の出来事」でした。この個所を3つに分けて信仰の学びをします。
 
1:聖餐による新約の制定
前回、イエス様が「過越し」の食事の準備をされた個所を学びました。イエス様ご自身が準備をされた「ある家の二階座敷」に、一行は入りました。そしてそこでイエスと弟子達は、「過越しの食事」を取るのです。「過越しの食事」は、「過越しの祭り」の時に食された食事です。「過越しの祭り」というのは、この時から1300年ほど前、「イスラエルが奴隷の地であったエジプトからモーセに率いられて脱出した」という、イスラエルの人々にとって「歴史上最大の出来事」を記念する祭りでした。「出エジプト」においては、「死の使い」がエジプト全土を行き巡りました。しかしその時、神の言葉に従い、羊を屠り、その羊の血を家の門柱と鴨居に塗った家は、「死の使い」がその家を過ぎ越したのです。その夜、彼らは脱出の準備をして、屠った羊の肉を、種を入れないパンと苦菜と一緒に食べました。そしてエジプトを脱出して行ったのです。その出来事を覚えるのが「過越しの祭り」であり、その時に食されるのが「過越しの食事」でした。ですからその食事には、決められた食事の仕方があったのですが、それは省略します。
イエス様がここで弟子達と取られた食事は、「過ぎ越しの食事」だったと思われます。{ということは、イエス様は何教徒だったと思われるでしょうか。「何を言っている。キリスト教徒に決まっているではないか」と言われそうですが、しかし、キリスト教が正式に誕生するのは、イエス様の十字架と復活、そして聖霊降臨の後です。ですから生前のイエス様はユダヤ教徒だった。だから「過越しの祭り」を祝い、「過越しの食事」を為さったのです}。しかし大切なことは、本来「ユダヤ教の祭り」である「過越しの祭り」の「過越しの食事」が―(それは「イスラエル人が子羊の血によって救われ、神の民とされて行った」、そのことを確認し、記念する食事だった、その食事が)―この時の食事によって、キリスト教にとってかけがえの無いものになった、ということです。それは、「『子羊の血』ではない、やがて十字架において『イエス様の血』が流され、イエス様の『十字架の贖い』を信じる者は、『その血』によって永遠の滅びから救い出される、そして神の民とされて行く」、そういう「新しい契約(恵みの契約)」が制定された、その「新しい契約」を、イエス様ご自身が宣言して下さったということです。
いずれにしても、最初の「聖餐式」は、このようにしてイエス様と弟子達によって祝われました。そしてそこで「新しい契約」が制定されました。それは、イエスご自身が弟子達のために体を捧げ、肉を割き、血潮を流される、その十字架の出来事を目前にして―(そのご自身の犠牲を前提にして)―制定されたものでした。そして、それは今も変わりません。私達が「聖餐」に与る時、イエス様は私達にも語られるのです。「これは、あなた…のために与える、わたしのからだです…この杯は、あなた…のために流されるわたしの血による新しい契約です」(19~20) 。
 

2:聖餐が制定された理由

概論のような話をしましたが、もう少し「聖餐」について踏み込んで考えて見たいと思います。なぜ、教会は「聖餐式」を祝い続けるのでしょうか。
「新約聖書」において「聖餐」についての最も古い記事は、使徒パウロの書いた「第一コリント書11章」の記事です。少し長いですが引用します。「私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。『これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行ないなさい』。夕食の後、杯をも同じようにして言われました。『この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行ないなさい』。ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです」(1コリント11:23~26)。ここでは、イエス様ご自身が「わたしを覚えて、これを行いなさい」と言っておられます。パウロは、「『聖餐』を行うことによって、主の死を―(死の意味を)―証しして行くことになる」と告げます。だから教会は、主の言葉に従って「聖餐」を守って来たのです。
しかし「ルカ福音書22章」を読むと、さらに切実な主の言葉があります。「イエスは言われた。『わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越しの食事をすることをどんなに望んでいたことか』」(ルカ22:15)。ここに「イエスご自身が弟子達と『過越しの食事(聖餐)』をすることを望まれた」、しかも「非常に強く望まれた」とあるのです。近年ある2つの教派が一緒に、「なぜ私達は聖餐を祝うのか」ということについて統一の見解を出したそうです。それは「主がこれをお定めになったからである。聖餐は誰が始めたものでもない、誰の願いによって制定されたものでもない。主ご自身が強く願って制定されたものである」というものでした。
しかし、なぜイエス様は、それほど弟子達と「『新しい契約の制定』の食事)」をすることを願われたのでしょうか。「過越しの食事」は、イスラエルの民がエジプトから脱出させられた、その記念の食事です。「自由・解放・脱出」の記念の食事なのです。イエス様が弟子達と、どうしても「過越しの食事」を共にしなければならないと思われたのは、弟子達にも脱出が必要だったからです。そしてイエスは、「彼らがどこから脱出しなければならないか」、それをしっかり見ておられたのです。
この食卓には、イスカリオテのユダもいました。ユダは、この後すぐに、銀貨30枚を手に入れるために、あるいは、イエス様に失望して、腹を立てて、イエス様を売り渡すのです。裏切りは、他の弟子達も同じです。自分の身を守るためにイエス様を裏切って行く、皆が弱さを抱えていたのです。皆が、イザとなったら自己中心な卑怯な者だったのです。(いわば)皆が罪を抱えた存在だったのです。そのような弱い存在である彼らは、「律法を守ることによって保たれる古い契約―(旧約)」では救われないのです。彼らには律法を守ることは出来ない、神の御心に添う生き方は出来ない、自分の良さでは、神の前に立てないのです。であれば「神との祝福された関係」に入って行くことは出来ないことになります。だからこそイエスは、彼らを愛するが故に、この弱い弟子達と「過越しの食事」を祝いたい、「新しい契約を制定したい」と願われたのです。「あなたの代わりに私が血を流し、私が肉を割き、あなたの罪の罰を私が一切引き受けて、それによってあなたが神との関係に入って行ける、そのような契約を結びたいのだ、結ぼう」、イエスはそう言われたのです。彼らには、それがどうしても必要だから、それがなくてはならないから、イエスは「新しい契約を制定して上げたい」と願われたのです。
私達も同じではないでしょうか。私達は、一体どの部分で神の御心を満たして生きることが出来ているのでしょうか。森繁さんの歌に「スピード違反」という歌があります。その中にこんなエピソードが挿入されています。彼があるコンサートで会衆に「皆さんの中で一度もスピード違反したことのない人、手を挙げて!」と言いました。そうしたら40代の女性が手を挙げました。彼はビックリして、「奥さん、本当に1度もスピード違反したこと、ないんですか!」と聞いたら、その方が言いました。「1回も捕まったことがありません」。捕まらなくても、たぶんスピード違反はしているのです。でも、私達も似たようなものではないでしょうか。人のことは裁くのに、いざとなると自分も同じことをするのです。自分の都合が第一なのです。極端なことを言うと、イザとなったら何をするか分らない、ということではないでしょうか。罪人だと思わされます。(皆さんはいかがでしょうか)。また私などは、人を赦せなくて、愛せなくて、苦しむことも多いのです。私達も、律法を守ることで、神様に「お前は素晴らしい」と認められて、神様と繋がることは出来ないのです。「旧約」では救われない。イエス様の「新しい契約―(新約)」によって、ただ罪を赦され、神との関係に入れて頂くしかないのです。だからイエスは、私達にも言って下さるのです。「私は、あなたのために私の肉を献げ、私の血を献げ、あなたと新しい契約を結びたいのだ。私の恵みの契約によってあなたを守りたいのだ」。私達は、その申し出を感謝して受け取るのです。
でも私達は、時々忘れるのです。「自分の罪」を忘れる。「赦しの恵み、新しい契約の恵み」を忘れる。さらに心探られるのは、その「新しい契約の制定」のために、主イエスが経験された苦しみを忘れるのです。「百万人の福音」に、ある牧師のお証しが紹介されていました。その先生のお子さんが1歳7か月で天に召されて行くのですが、病院に行くと、そのお子さんは、父親である牧師を見て、涙を浮かべながら「にゅうにゅうこうだい(牛乳頂戴)」と何度も頼むのです。でも治療のために水分を与えることは出来ない。牧師夫妻は、たまらない思いで祈るのです。結局、お子さんは、両親に「バイバイ」と手を振って意識不明になり、やがて天に帰って行くのです。しかし、絶望している先生に十字架の幻が見えるのです。「息子の小さな両手首を見ると、そこは点滴針の跡で真っ青になっていた。十字架を見上げると、主の両手には釘が打ち込まれている。息子の小さな背中を見ると、ベッドに縛られ寝返りができなかったために床ずれで真っ赤である。十字架を見上げると、主の背中は39度のむちで打たれた傷で肉が裂け鮮血がしたたり、骨が覗いていた。息子の小さな胸を見ると、膿を吸い出すためのパイプが挿された深い傷跡があった。十字架を見上げると、胸には兵隊に突き刺された深い傷跡があった。息子の…『にゅうにゅうこうだい』のことばが聞こえてくる。十字架上の主のことば『我、渇く』が聞こえてくる。息子の体を抱きしめると、その目から涙がこぼれた」。最後にその先生は次のように結んでいました。「イエス様は、息子の苦しみを知っておられた。神は、子を失う父の苦しみを知っておられた。私は、自分の子どもを十字架にかけて全人類のために見殺しにする父の心の痛みを知った」。
私達は、「全人類」のため、というより「私」のために十字架にかかって下さったイエス様のその苦しみを、どこで、心から想起するでしょうか。どこで、心から味わうでしょうか。それが「聖餐」の場ではないでしょうか。そして「イエス様の十字架の苦しみを味わう」ということが、自らの罪深さを知っている者にとって、「神の赦し」の尊さ、「神の愛」の深さを味わう、計り知れない感謝と恵みの時になるのです。
私達も、時が来たら、「自分の罪―(神の御心のようにはどうしても生きることが出来ない現実)―を覚え、それでもイエス様の十字架の贖いの故に―(イエス様の苦しみの上に)―罪赦され、神の子とされた、天国に向かう者にされた、その恵みを覚える、その恵みを噛み締める、そのような時として」、「聖餐」を守って行きたいと思うのです。
 

3:聖餐の備え

私達は、まだ「聖餐」を祝う状況にありませんが、しかし今から出来る「聖餐」への備えがあります。「四福音書」の内、「ヨハネ福音書」には、「聖餐の制定」の記事がありません。その代わり「ヨハネ」は「イエスが『過越しの食事』の時に弟子達の足を洗われた」という「洗足」の記事を書いています。なぜ「聖餐の制定」の代わりに「洗足」があるのでしょうか。それは、「洗足」こそが、「聖餐」のもう1つの大切な意味を教えるからです。 
宗教改革者メノー・シモンズは、「聖餐」について次のように教えました。「ちょうど、自然のパンが、沢山の穀粒を混ぜ、臼でひき、水でひとつにこね、それから暑い火で焼いて出来るように、キリストの教会もまったく同じ過程を通ってつくられる。すなわち、多くの信者が、神の言葉という臼でその心を砕かれ、聖霊の水でバプテスマをうけ、純粋でけがれのない愛によって…(主の食卓につき)…1つとなるのである」。「聖餐」とは、主の周りに集められた者同士が―(心の中で)―手を握り合って受けるものなのだと思います。それこそ主が望まれることなのだと思います。
私達が次に「聖餐」を祝うのがいつになるのか、分かりません。しかし、「聖餐」の備えをすることは、今日からでも出来ます。イエス様は、弟子達の足を洗い終わった後、こう言われました。「主であり師であるこのわたしが、あなたがたの足を洗ったのですから、あなたがたもまた互いに足を洗い合うべきです。わたしがあなたがたにしたとおり、あなたがたもするように、わたしはあなたがたに模範を示したのです…あなたがたもこれらのことを知っているのなら、それを行うときに、あなたがたは祝福されるのです」(ヨハネ13:14~17)。「お互いに仕え合う」、そのような心を育てることが「聖餐」に備えることになります。お互いに「御言葉と聖霊様に心を砕いて頂くこと」を求めましょう。そして、「しもべの心」、「仕え合う心」を育てて頂くことを願い求めて行きましょう。そのようにして、祝福の「聖餐」に与るための備えを、今日から始めましょう。
 

聖書箇所:マルコ福音書14章10~21節  

 バンクーバーには、2つか3つ、ユダヤ教の会堂が建っている通りがあります。私は「現代のユダヤ教では『過越しの祭り』をどのように守るのか」、興味がありました。「過越しの祭り」というのは、「イエス様の時代から1300年ほど前、エジプトで奴隷であったイスラエルの人々が、神に守られてエジプトから脱出することになった時、羊の血が家の門柱と鴨居に塗ってあるイスラエル人の家は、『死の天使』がその家を過ぎ越して、血の塗っていないエジプト人の家の長子だけを撃った。その混乱に乗じて神の民イスラエルはエジプト脱出に成功した」、その出来事を記念して祝う祭りです。英語では「Passover」と言います。カナダで売られているカレンダーには「Passoverの日」が書いてあるので、その日にユダヤ教の会堂に忍び込むようにして入ってみました。イエス様の時代には、「過越し」を祝うために、人々は神殿に羊を連れて行って、祭司に屠ってもらい、ある部分を犠牲として献げ、残りの部分を家に持って帰って、家で焼いて、1頭の羊を家族10人くらいで食べました。私は「会堂の中で羊を屠っているのではないか」とチラッとそんなことも思いましたが…。中に入ったら、1人の人が私を見つけて礼拝堂に案内してくれました。礼拝堂では、ラビを中心に皆で聖書を読んでおられました。食堂らしき部屋を覗いたら、「羊を屠る」等という雰囲気は全くなく、何脚も置かれたテーブルの上には綺麗に食器がセットされていました。会堂で一緒に「過越しの食事」をするのかも知れません。いずれにしても、「過越しの祭り」はしっかりと守られているようでした。
今日の聖書の個所は、イエス様と弟子達が「過越しの食事」をする、そのことを描いている記事です。今日もこの個所から「聖書内容」と「メッセージ」と、2つに分けてお話を致します。
 

1.聖書の内容~全てを用いて愛を貫かれる主

14章12節に「種なしパンの祝いの第一日、すなわち、過越の小羊をほふる日に、弟子たちはイエスに言った。『過越の食事をなさるのに、私たちは、どこへ行って用意をしましょうか』」(12)とあります。イスラエルでは夕方に1日が始まりますのでややこしいのですが、私達のカレンダーで言えば木曜日です。木曜日の午後には羊を屠り、木曜日の夜―(ユダヤではもう金曜日)―には、それを「過越しの食事」として食べるのです。イエス様が十字架につかれるのは金曜日です。十字架が迫っています。その時にイエスは弟子達と一緒にエルサレム市街にある一軒の家の二階座敷で「過越しの食事」を取られました。イエス様はエルサレムの郊外ベタニヤにおられたのですが、律法によって「『過越しの食事』はエルサレムで取らなければならない」ということになっていました。そこでイエス様も、エルサレムに「過越しの食事」をとる場所を用意されました。イエスは弟子に言われます。「都にはいりなさい。そうすれば、水がめを運んでいる男に会うから、その人について行きなさい。そして、その人がはいって行く家の主人に、『弟子たちといっしょに過越の食事をする、わたしの客間はどこか、と先生が言っておられる』と言いなさい。するとその主人が自分で、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれます。そこでわたしたちのために用意をしなさい」(13~15)。これがどのような意味なのか、いや、例えば「水がめを運んでいる男によって弟子達がその場所に導かれて行くこと」に何か意味があるのか、良く分かりません。しかし、いずれにしてもイエスご自身が―{恐らくその家の主人は、イエス様の弟子(隠れ弟子)の1人で、その主人との事前の話し合いがあったのでしょう}―そのようにして、12弟子と一緒に「過越しの食事」を取る場所を用意して下さったのです。
そのような舞台設定の中で、しかしこの個所が中心的に取り上げるのは「ユダの裏切り」です。イエス様の12弟子の1人に選ばれたイスカリオテのユダが、イエス様を裏切って行くのです。そしてイエス様は、弟子達との「最後の晩餐―(過越しの食事)」の席で「ユダの裏切り」を語らざるを得ない。非常に辛い記事ですが、この記事は、何を伝えるのでしょうか。
10~11節に戻ります。「ところで、イスカリオテ・ユダは、12弟子のひとりであるが、イエスを売ろうとして祭司長たちのところへ出向いて行った。彼らはこれを聞いて喜んで、金をやろうと約束した。そこでユダは、どうしたら、うまいぐあいにイエスを引き渡せるかと、ねらっていた」(10~11)。宗教指導者達は、この段階でも「イエスを殺すのには、まだ時期が早い」と思っていました。「人々がたくさん集まっている『過越しの祭り』の最中にそういうことをすると、騒ぎを引き起こすことになるかも知れない」と考えて躊躇していました。その時にユダがやって来て、密かに、捕らえ易い状況でイエスを捕らえる、そのために協力することを申し出るのです。
ユダが、どうしてイエス様を裏切ろうとしたのか。聖書は「金銭的な理由だ」と言います。平行個所の「マタイ26章」で、ユダは祭司長達に「彼をあなたがたに売るとしたら、いったいいくらくれますか」(マタイ26:15)と言います。ただ、それが主な理由だとしても、それだけの理由ではなかっただろうと思います。例えば、良く言われる次のような説明があります。「ユダは、イエスが(いわば)超自然的な力で革命のようなものを起こして、ローマに支配されている今の世の中を何か変えてくれることを期待した。ところが、イエスは全くそのような方向には動かれない。それどころか、イエスについて行ったら、自分の命までも危なくなるような雰囲気すらある。そこで、期待が大きかっただけに失望も大きく、腹を立てて、イエスを裏切ってしまった。あるいは、業を煮やして、『イエスが何らかの行動を起こさざるを得ないような状況』を作ろうとした」。そういう説明です。そうだったのかも知れませんが、もちろん、はっきりとは分りません。ただ、事実として、彼はイエス様を売り渡してしまうのです。
イエスは、それを知っておられました。そして「過越しの食事」が始まった時に「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたのうちのひとりで、わたしといっしょに食事をしている者が、わたしを裏切ります」(18)と言われます。弟子達はこの言葉を聞いて悲しみます。イエスが「裏切ります」と言われた言葉は、「引き渡します」とも訳せる言葉です。それは、イエスがこれまで「ご自分の受難」について語って来られた時に使われた言葉です。{「これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです…」(マルコ10:33)}。弟子達の耳に残っている不吉な言葉を、また使われました。弟子達は、これまでの「イエス様の受難予告」と重ね合わせて心を痛めた―(悲しんだ)―のかも知れません。しかも「12人の1人が裏切る」と言われるのですから、ことは一層深刻です。
しかし不思議なのは、その悲しみ―(混乱)―の中で、彼らは、回りを見回して「誰がこの主イエスを裏切るのか、誰がイエス様を敵に引き渡すのか」と問わないのです。問わないで「『まさか私ではないでしょう。』とかわるがわるイエスに言いだした」(19)とあるのです。「誰がイエス様を裏切るのか…」と問えないのは、結局「自分はその人間ではない」と確信を持って言える者は、1人もいなかったということではないでしょうか。「まさか私ではないでしょう」、皆、自分の心の中に裏切りの思いがあることを見透かされた気がしたのです。というか、彼らは、自分のそういう心に気づかされたのです。だからイエス様に「お前のことではないよ」と言ってもらわなければならなかったのです。しかし、結果的に弟子達は皆、裏切って行くのです。イエス様は、この後27節で「あなたがたはみな、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる』と書いてありますから」(27)と言われます。「つまずきます」、これは「腹を立てます」という意味の言葉です。「自分をつまずかせたもの」に腹を立てるのです。弟子達がイエス様を裏切って行く時、彼らはイエスに失望して「『何かしてくれると信頼していたのに!』と腹を立てた」ということがあったのではないでしょうか。私達も、実にしばしばイエス様に失望し、イエス様に腹を立てる、色々な理由をつけてイエス様を否定する、そういうことがあるのではないでしょうか。
さてしかし、この弟子達の裏切りの中でも、イエス様の御心は壊れて行かないのです。イエスは「確かに、人の子は、自分について書いてあるとおりに、去って行きます」(21)と言われます。ユダは裏切ります。そしてユダの裏切りによって、イエスの十字架は、この翌日には現実となります。その十字架が成る時、他の弟子達も―{「たとえ全部の者がつまずいても、私はつまずきません」(14:29)と言い切ったペテロも}―イエスを否定する、裏切るのです。しかしイエスは「自分について(聖書に)書いてあるとおりに、去って行(く)」と言われる。つまり「神の御心に従って」ということです。弟子達の裏切りにもかかわらず、というか、裏切りさえ用いて、主は御心を貫いて行かれるのです。そして十字架に架かられます。人々の罪を贖い、私達に、神に至る道、永遠の命に至る道を造るためにです。しかし、それが見えない弟子達は絶望します。しかし、十字架は復活に繋がるのです。27節の「あなたがたはみな、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる」と書いてありますから』」(14:27)は、28節「しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、ガリラヤへ行きます」(28)の言葉に繋がるのです。弟子達は、イエス様が死んでしまった絶望、それ以上にイエスを捨ててしまった自分自身に対する絶望、そのようなものに打ちのめされて、「もうダメだ、終わりだ」と思っていたかも知れない。でも、彼らが絶望しているまさにその時、イエスは、先にガリラヤへ行かれ、たった今イエスを裏切って、イエスを捨てて逃げ帰って来たばかりの彼らを、待ち受けておられたのです。そして、そのイエスとの出会いによって、弟子達はもう一度立ち上がって行くのです。いや単に立ち上がるというのではない、復活のイエス様との出会いによって、立ち上がらされて行く。復活のイエスの命に生かされ始める。言葉を換えると、彼らは、本当の意味で救われ始めるのです、救われるのです。
ユダは、どうなって行くのか。「マルコ福音書」は、「イスカリオテ・ユダは、12弟子のひとりであるが」(10)と書くのです。「12人のひとりであったが」とは書かない。それは、ユダが裏切った後も、イエスはユダを弟子として招いておられたからです。しかしユダは、結局、悔い改めない、立ち帰らない。イエス様を売ったことを後悔して、死んでしまうのです。
 

2:聖書のメッセージ

この個所は、私達に何を語るのでしょうか。2つあると思います。
 

1)愛を貫かれる主に立ち帰る

「弟子達の裏切りも、ユダの裏切りも、イエス様を驚かせるものではなかった。イエス様は、それをご存知であった。そして裏切りさえ用いて救いの御業を為さった」と申し上げました。それは、また次のように言うことも出来ると思います。主は、弟子達の裏切りをご存知の上で、その裏切る、裏切った弟子達を、なおも愛し、立て上げ、導いて下さった、ということです。そして私達にとって感謝なことは、その同じ主の愛によって、私達の信仰生活も守られているということです。
私達も、主を否定します。色々な理由をつけて疑ったり、信じることを放棄したり、主の愛に絶望したり、主に腹を立てたり、色々なことがあるのです。私は、昨年の鬱の時、主に絶望し、勝手に躓き、腹を立て、悪態をついて、ついには神を激しく責め立てました。本当に恥ずかしいことです。でも、そのような私の信仰でも、この主の愛があるからこそ、なおも守られているのです。信仰というのは、自分1人で必死に信じているのではない。信仰は、神に与えられているもの、恵まれるものです。そして、主に守られ、支えられているものなのです。私達の信仰は、そのような主の深い愛に守られているのです。だから信仰生活を続けて行けるのです。 
そうであれば、その私達に出来ることは何でしょうか。ユダの裏切りを、イエスは知っておられました。でも、知っておられたけれども、どれほど悲しく思われたでしょうか。ペテロがイエス様を否認する時、イエス様はペテロを見つめられます。どれほど辛い思いでおられたでしょうか。私達がイエス様を様々に否定する時もそうでしょう。どれだけ悲しまれるか。そうであれば、私達に出来ることは、主の悲しみを思い、すぐに悔い改めて主に立ち帰ることではないでしょうか。私達が、神に絶望することを、疑うことを、不信仰になることを―(皆さんにはそういうことはないでしょうか)―主は知っておられ、その上で、それさえ用いて、私達をなおも導いて下さるのです。しかし、だからこそ、その主に帰らなければならない。それが私達に出来ることだと思うのです。主に立ち帰ることのなかったユダは、その後に用意されていた素晴らしい祝福に与ることが出来なかったのです。私達が自分の信仰に絶望する時も、主は絶望されない。深い御旨をもって導いて行かれるのです。だから私達は、悔い改め、立ち帰り、また主を信じて行くのです。
 

2)神の深の御業に信頼する

メッセージの1)と重なるかも知れませんが…。
アメリカにフィリップ・ヤンシーというクリスチャン・ジャーナリストがいます。彼がチェスの名人とチェスの試合をした時のことを、ある本に書いているそうです。彼もチェスが強かった。ところがチェスの名人と試合をしたら、ヤンシーが正当な手で攻めれば、名人はその手を自分に有利になるように利用して次の手を打って来たそうです。ヤンシーがとんでもない手で攻めれば、名人は、それさえも自分の有利になるようにして次の手を打って来たそうです。ヤンシーは「名人とチェスをするというのはどういうことなのか」、それが良く分かったそうです。結局、どんな手を打っても相手の有利にしかならない。神様という方は、そういう方なのです。
弟子達はイエス様を裏切りました。ユダはイエス様を売り渡しました。酷い裏切りをしました。しかし天の視点では、神は、イエスを十字架につけようとしておられました。その視点から見ると、神様は、彼らの裏切りさえ用いて、ご自分の御業、私達に対する救いの御業、愛の御業を為して行かれたと言うことが出来ます。つまり神は、良いことも、良く見えないことも、全てを用いて、私達に対する愛の御業を為して下さる方なのです。
繰り返しますが、私達は、不信仰に陥ります。失敗をします。でも神は、それさえも用いて、私達に対する愛の御業を貫いて行かれる、そういう方なのです。「創世記」に登場するヨセフは、兄達の計略でエジプトに奴隷として売り飛ばされます。しかし神は、そこで彼を大臣にしてしまわれます。そして、その世界に飢饉が襲った時、ヨセフは、エジプトの食料を頼ってやって来た自分の家族を救うことが出来たのです。その時、彼は言います。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました」(創世記50:20)。「新約」にも同じ思想があります。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」(ローマ8:28)。「この『すべて』には、あなたの失敗も含まれる」とある有名な牧師は言いました。失敗の多い私達も、この神が私達の神様だから、どんな時も希望を失わずに日々の暮らしを生きて行くことが出来ます。大切なことは、神の御思いは、私達の思いを超えて深い、神は何があっても、愛の業を貫いて行かれる、神は私達のために働き出して下さる、働いて下さる、そのことに信頼することだと思います。そのことを、胸に刻みたいと思います。
 

聖書箇所:マルコ福音書14章1~9節  

 カナダで出会った1組のご高齢のご夫妻のことを良くご紹介しますが、兄弟の方が良くこう言っておられました。「私は神に愛された。その愛された愛で人を愛し返す、それが私の信仰です」。この方は、仕事で追い詰められた状況に置かれた時に、ある本を通して「一遍キリスト教を試して見なさい」という言葉に出会って教会に導かれました。そこから人生が変えられました。色々な恵みを経験して行かれました。「愛をもらった」と表現されました。それで「キリストが下さった愛に対して、人を愛することで応えるのが、私の信仰の在り方です」と言われたのです。
イエスが命がけで与えて下さった「救い―(神との関係)」、それにどのように応えるか、それはそれぞれのキリスト者にとって大きなテーマだろうと思います。そして今日の個所も、そのようなテーマを扱う個所になります。
いよいよ「マルコ福音書」は、14章~15章で「イエスの十字架」について記します。今日の個所は、その直接的な導入となる部分です。1節に「さて、過越の祭りと種なしパンの祝いが二日後に迫っていたので…」(1)とあります。「過越の祭り」というのは、「出エジプト記」が伝えることです。この時から1300~1400年ほど前、イスラエルの人々が、奴隷の地エジプトから神に守られて逃げ出すことになった時、神は指導者モーセに命じて「イスラエルの人々は皆、子羊を屠って家の門のところに子羊の血を塗っておくように」命じられました。夜になって「死の天使」がやって来て、羊の血が塗ってある家だけを過ぎこして、羊の血の塗っていない家の子を撃ちました。イスラエルを解放しようとしない頑ななパロ(王)に対する神の裁きでした。「その混乱に乗じて、イスラエルはエジプト脱出に成功した」という、その出来事を記念して祝うのが「過越しの祭り」でした。「過越しの祭り」の後には「種なしパンの祝い(祭り)」が7日間続きました。これも「出エジプト」を記念するものでした。2つの祭りは一緒に始まり、「過越しの祭り」だけが1日で終わり、後が「種なしパンの祝い」になります。
宗教のリーダー達は、はっきりとイエス様を殺すことを決めていました。後は「いつ実行するか」の問題でした。2節に「彼らは、『祭りの間はいけない。民衆の騒ぎが起こるといけないから』と話していた」(2)とあります。なぜ「祭りの間はいけない」のか。ただでさえ暴動が起こり易い土地柄です。それが、「過越の祭り」は「イスラエルがエジプトから脱出した」という民族最大の歴史的出来事を振り返る時です。民族意識が高まるのです。それは、人々の心を「今度は現代のエジプトであるローマからの脱出」という思いに至らせ、人々が興奮する時なのです。あちこちから多くの人も集まって来ています。普段、力でエルサレム住民(ユダヤ人)を押さえているローマ兵士とも、この時は一触即発の雰囲気になります。もし暴動が起きれば、ローマの軍隊が鎮圧に動きます。そしてユダヤ人社会の指導者が責められます。今与えられている自治権さえ奪われかねません。だから指導者は、祭りが終わるのを待とうとしたのです。しかしいずれにしても、それは時期の問題であって、指導者達は、イエスの死のために備えをしていました。それが、この個所を覆っている状況です。
しかしそういう中で、全く別の形でイエスの死に備えをする女性がここに登場します。イエス様と弟子達は、ベタニヤの「ツァラアトに冒された人シモン」と呼ばれる人の家にいました。大勢集まった巡礼者を、エルサレムだけでは収容出来ませんから、近くのベタニヤやベテパゲの村も巡礼者の宿となりました。イエス様の常宿は、ベタニヤのこの家でした。「ツァラアトに冒された人シモン」が誰なのか、分りません。もしかしたらマルタとマリヤとラザロのお父さんが、「ツァラアトに冒された人シモン」だったかも知れません。そのシモンの家で食事をしておられた時、1人の女がナルドの香油の入った石膏の壷を持って来て、それを壊してイエス様の頭に注ぎかけました。もしシモンが、マルタ達3姉弟の父親なら、この女は、「マルタとマリヤ」のマリヤだったかも知れません。
問題は、なぜ彼女がこのようなことをしたのか、ということです。そこに「すると、何人かの者が憤慨して互いに言った。『何のために、香油をこんなにむだにしたのか。この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに』。そうして、その女をきびしく責めた」(4)とあるように、「ナルドの香油」というのは、インドから輸入されていた高価な香油だったそうです。通常、頭に塗ったり、また死体に塗ったりもしたそうですが…。それでも、壷に入っているものを全部注ぎかけるようなことはしなのです。しかも「300デナリ」分です。当時、労働者の1日分の賃金が1デナリでした。だから約1年分の賃金にあたる額の香油です。それを注いでしまいました。ある説教者は、この場面を表現して「異様なことが起きた」と言っています。確かに異様な出来事です。なぜ彼女は、こんなことをしたのでしょうか。
「何人かの者が憤慨して」とありますが、「マタイ福音書」には「弟子たちはこれを見て、憤慨して言った」(マタイ26:8)とあります。弟子達には、彼女のしたことが理解できなかったのです。だから彼女を厳しく責めました。弟子達の言う「この香油なら、三百デナリ以上に売れて、貧しい人たちに施しができたのに」、それは確かに正論かも知れません。「貧しい人たちに施す」、そういう使い方もあるでしょう。そしてその方が、イエスが教えて来られた「隣人への愛」の教えに適っているかも知れません。
しかしイエスは、弟子達とは全く違う反応をされます。イエスは言われた。「そのままにしておきなさい。なぜこの人を困らせるのですか。わたしのために、りっぱなことをしてくれたのです。貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます…しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう」(6~9)。イエスは言われます。「わたしのために、立派なことをしてくれたのです」。そしてその「立派なこと」の中身を2つ語られます。
1つは7節の「わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません」(7)ということです。貧しい人に施すことは、それは正しいこと、素晴らしいことでしょう。しかしイエス様は、ここではっきりと(8節)「埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです」(8)と言われます。祭司長や律法学者たちは、「祭りの間はいけない」と言いました。しかし「マタイ福音書」の平行個所では、イエスは「2日たつと過越の祭りになります。人の子は十字架につけられるために引き渡されます」(マタイ26:2)と言われ、「過越の祭り」の時に死のうとしておられるのです。この日は水曜日です。金曜日には十字架に架かられます。先程「女がしたことを『異様な出来事だ』と言った説教者がいた」と申し上げましたが、それ以上に異様なのが、イエス様が死のうとしておられることです。しかも指導者は「祭りが終わってからにしよう」としているのに、イエスは、それを手前に引き寄せようとしておられるのです。なぜでしょうか。
「過越し」に屠られた羊の血がイスラエルの人々を死の使いから救ったように、イエス様は、「死の力」から人々を守るためにご自分の血を流そうとしておられたのです。死の力が私達のところを過ぎ越す、子羊の血に勝る永遠の砦がここに造られるのです。しかしイエス様の死の時、一体誰がそのことに感謝したでしょうか。弟子達でさえ、「無駄遣いだ」と言ったのです。私は、弟子達が後にイエス様の「十字架と復活」の証人となった時、「自分達はイエス様が死のうとしておられる直前まで一緒にいたのに、何も出来なかった、イエス様の死に応えることが何も出来なかった」、そのことを情けなく思ったと思います。でもこの女は、イエス様の死に感謝するかのようにこのことをしたのです。「弟子達は、そのことをどんなに救われた思いで思い出しただろう、語っただろう」と思うのです。いずれにしてもイエスは、彼女が時宜に適ったことをしてくれたことを喜ばれたのです。
もう1つは、イエスは(8節)「この女は、自分にできることをしたのです」と言っておられます。「新共同訳」は「この人はできるかぎりのことをした」(8)と訳しています。確かに1年分の生活費を一瞬で使い果たしてしまうことは浪費かも知れません。でも、それは彼女に出来る精一杯のことでした。しかしイエスは、彼女のためにも命を捨てようとしておられました。彼女は、それに応えようとするなら、こうせざるを得なかった。そしてこれが、彼女がイエス様に出来る全部だったのです。ある神学者は言います。「十字架を前にして、イエスが真に出会ったのは、
2人の女性だけだった」。その1人は、神殿に2レプタ(200円程)を捧げた女性です。そのお金は彼女の生活費の全てでした。生活費の全部を神に捧げてしまったこの女を見て、イエス様はどれだけ励まされたことでしょう。そしてもう1人が、この「出来る限りのことをした女性」です。この2人だけは、本当に意味で十字架に向かうイエス様を励ましたのです。
最初の質問に帰りましょう。彼女はなぜこんなことをしたのか。結局、確かなことは分かりません。でも、彼女は何らかの理由でイエス様が死のうとしておられることを、しかも人を愛するために、彼女を愛するために、死のうとしておられることが分った、感じたのではないでしょうか。宗教改革者カルバンは言っています。「この婦人は聖霊の息吹に導かれて、キリストへの義務を果たさないわけにはいかなくなった」。彼女も、何で自分がこんなことをしたのか、はっきり分らなかったかも知れません。しかし、キリストが自分達を愛するために死のうとしておられる、それを感じた時、それを知った時に、聖霊に押し出されるように、そのキリストの愛に応えようとした、応えざるを得なくなったのです。そして彼女は、そういう仕方で精一杯イエス様を愛そうとしたのです。イエスの愛に応えようとしたのです。イエスの愛を褒め称えようとしたのです。それが、この一見愚かに見える、浪費に見える行いだったのです。そしてイエス様は、彼女の思いを知って、その愛を、愛の奉仕を喜んで受け止められたのです。
この個所は、私達に何を語るのでしょうか。ジョン・ウェスレーという英国の有名な説教者であり、神学者であった人がいます。彼は、結果的に英国国教会の外にメソジスト教会を作ることになりましたが…。彼が、ある日、夢を見ました。彼は天国の門の所にいました。そして門番の天使に尋ねるのです。「天国には英国国教会の信者はいますか」。天使は「いいえ」と答えます。彼は「やっぱり」と思います。「ではメソジストの信者はいますか」。天使は答えます。「いいえ」。彼はショックを受けます。真っ青になっている彼に、天使は言います。「私は、ここに来た人々が、どこの教派に属していたかなど全く知りません。なぜなら天国では教派を問題としないからです」。「そうすると、ここに入れて頂ける人は、どのような人達なのでしょうか」。天使は言いました。「ただ一つ、主を心から愛している人々です」。
この個所が私達にチャレンジすることは、「あなたはイエス様を愛していますか」ということです。ある牧師がこう言いました。「信仰生活は、なりふり構っていられないものです。この婦人のように、はたの人の思惑などは、全然問題にしないものであると思います。『信仰はあまり熱狂的にならない方がいい』と分別くさいことを言う人がいます。しかし、信仰はただ神のことだけを考える生活です。それならば、時としては、人の目に愚かしいと思われることもあるに違いありません…信仰とは分別を忘れるほどに、人間としてもまことに愚かだとしか思われないようなこともするのです。それほど激しく燃えるものなのです」。信仰には、一方で「この世的な常識」も必要です。世の常識が通用しない世界であってはいけないと思います。しかしまた「信仰の世界」は、「世の常識」だけではいけないと思います。だいたい「愛」ということであれば、計算では割り切れない。親が子を愛する愛もそうでしょう。計算尽くではない。逆に、計算尽く、勘定尽くのものであれば、それは「愛」とは言わないでしょう。私達はどのような仕方でイエス様を愛しているでしょうか。もし私達が、自分でも「人には愚かに見えるかもな…」と思うような愛し方をしたら、その時はイエスが言って下さいます。「(あなたは)わたしに良いことをしてくれたのだ…(あなたは)できるかぎりのことをした」。イエス様は、勘定尽くでない、計算尽くでない愛で、私達を愛して下さいました。使徒パウロは「十字架のことばは…愚かであ(る)」(1コリント1:18)と言いました。イエス様も愚かになって下さいました。私達も、人が「愚かだ」と言うくらいの―(もちろん、出来る範囲のことですが)―イエス様に対する愛をイエス様に注ぎ出すことが、時にあって良いのではないでしょうか。「ヨハネ福音書」14章23節に「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります」(ヨハネ14:23)とありますから、それは「愚かと思われるくらい御言葉に従う」という形を取るかも知れない。自分を追って来て、氷が割れて、池に落ち込んだ官憲を助けた「ディレク・ヴィレムス」のことを思い出します。色々な仕方があるのでしょう。しかしいずれにしても、私達の信仰にも、そのような熱気を帯びた「愛」がありたいものだと思うのです。
そして実は、弟子達は「イエス様に愛を注ぐよりも貧しい人に施せ」と言いましたが、イエス様を愛するということは、隣人を愛することと相反することではないのです。マザー・テレサは、インドのコルコタで貧しい人々を愛し、彼らがせめて人の愛に包まれて死んで行けるように、と奉仕を続けました。その他にも色々な活動を展開しましたが、でも彼女は、「社会福祉活動」をしようとしたのではない、彼女は「神に仕えようとした」のです。彼女の言葉です。「この地上で神と共にある幸せを享受するためには、次のようなことが必要となります。神が愛されているように人を愛すること…そして貧しい人々、苦しんでいる人々の中におられる神に触れること」。彼女は、神を愛そうとしたのです。それが、彼女にとっては貧しい人に仕えることだったのです。「アーミッシュの赦し」の話を何度もしています。アーミッシュの人々が、自分達の村の学校に侵入して、子供達を殺して、自分も自殺した犯人の家族に「赦し」を申し出、「あなた方も家族を亡くしました。共に悲しみを分かち合いましょう」と言ったという話です。しかし、彼等も「人を赦す」ことが目的ではなかったのです。イエス様の愛に応えることが目的だったのです。それが結果として「赦し」という形になったのです。「なりふり構わず神を愛する時に、私達はなりふり構わず人のためにも生きることが出来る」、これはマザー・テレサやアーミッシュの人々が教えてくれる真理ではないでしょうか。使徒パウロは言いました。「たとい私が…あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じ、また、山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、何の値うちもありません。たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません」(1コリント13:2~3)。
キリスト教には、信仰生活には、「愛」という要素があるべきだと思います。信仰生活に「愛する」ということが無くなった時、それは私達の信仰が何かおかしくなっている時だと思います。私達は、信仰生活に「神への愛、イエスへの愛、人への愛」という要素を育てて行きたいと思います。そして、その愛に生きて行けるように祈り求めて行きたいと願います。
 

聖書箇所:マルコ福音書13章32~37節  

 カナダである歯医者さんのご夫妻に大変にお世話になりました。田舎の引っ込んだ場所に大きな家を持っておられて、1階に小さな歯科医院がありました。「私達が日系の教会で仕事をしている」というそれだけの理由で色々と便宜を図って頂いたのですが、その奥さんの歯医者さんの方が伝道に燃えている方で、しかもお嬢さんが日本で英語教師の仕事をしていたということがあって、「日本人(日系人)伝道」に燃えておられました。日本人(日系人)のお客さんがあると、私達は呼ばれて行って、話をしたことでした。それだけではなくて、「ホームスティの募集」をして、日本からの留学生をホームスティさせなさるのですが、一旦その家にホームスティしたら最後、クリスチャンにならなければその家を出られないという―(ちょっと大袈裟ですが、でもそういう)―感じでした。無理にでも神様を信じてもらう、私は「ちょっとやり過ぎじゃないかな」と思う時もあったのですが、その熱意には大いに刺激を頂きました。その奥さんの方が口癖のように言っておられた言葉があります。お世話になる度に私達が「ありがとうございます」と言うと、彼女は「私達は神様のためにやっています」と言われました。要するに、いつも神様のことを―(あるいは神様にお会いする時のことを)―具体的に意識している、そういう姿を見せられたような気がしました。
 今日の聖書個所は、イエス様が「世の終わり、御自身の再臨」について預言される、その最後の個所になります。この個所を読んで、私は彼女のその言葉を思い出したことでした。そして「自分はどのくらい、主とお会いする時のことを意識して生きているだろうか」と、そのようなことも思わされたことでした。「内容」と「適用」と2つに分けてお話しします。
 

1.聖書の内容~目を覚ましておく

 32節に「その日、その時がいつであるかは、だれも知りません」(32)とあります。「その日、その時」というのは、「人の子が来る時」、イエス様がもう一度地上に帰って来られる時―(再臨)、その具体的なプロセスの始まりのことです。再臨について語られる13章のこの最後の箇所で、イエス様は「再臨は必ずある、しかしそれがいつであるか御自身も『知らない』」と言われます。しかし必ずある。「その再臨を、では、どのようにして待てば良いのか」、そのことが語られるのです。ここで繰り返し語られる言葉は、「目を覚ましていなさい」という言葉です。33節「目をさまして注意していなさい」、35節「目をさましていなさい」、37節「目をさましていなさい」。なぜ目を覚ましていなければいけないのか。35節に「家の主人がいつ帰って来るか…わからない」(35)とあるように、イエス様がいつ再臨されるか分らないからです。(再臨のイメージが難しければ、自分がこの世の生涯を終えて、イエス様にお会いする時、そう考えると良いかも知れません。それもいつ来るか分からないことです)。
 実際、次の14章に入ると、イエス様は、ゲッセマネの園で十字架を前にして必死になって祈られますが、その時に、ペテロ、ヤコブ、ヨハネは、眠りこけてしまうのです。イエス様は言われます。「シモン、眠っているのか。1時間でも目をさましていることができなかったのか。誘惑に陥らないように、目をさまして、祈り続けなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです」(14:37~38)。まして1時間どころではない、神学者は「34節の言葉は、長い期間の留守を示唆した言葉だ」と言います。期間が長くなればなるほど、いつの間にか目を閉じてしまう、私達は眠り込んでしまうのです。そこでイエス様は繰返し「目をさましていなさい」と語られるのです。
「目をさましていなさい」とは、具体的にはどうしていることでしょうか。34節に「それはちょうど、旅に立つ人が、出かけに、しもべたちにはそれぞれ仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目をさましているように言いつけるようなものです」(34)とあります。旅に発つ人はイエス様です。「イエス様が出かけに―(つまり復活して天に帰って行かれる時に)―しもべたち(弟子達)に、それぞれ仕事を割り当てて責任を持たせ(た)」。「門番には目をさましているように…」も同じ意味のことが繰り返されていると考えて良いでしょう。要するに、イエス様は弟子達に―(それに続く教会の人々に、私達に)―「後はよろしく頼む」と御自分の仕事を割り当てて、割り当てただけでなく、「責任を持たせて」―(「新改訳」の欄外注では「権限を与えて」となっています)―つまり割り当てた仕事をするために必要な権威(権限)も与えられた。ですから弟子達は、それに続く教会の人々は、私達は、その働きをすることを心の中心に置かなければならないのです。
その仕事とは何か。「マルコ3章14~15節」にこうあります。「そこでイエスは12弟子を任命された。それは、彼らを身近に置き、また彼らを遣わして福音を宣べさせ、悪霊を追い出す権威を持たせるためであった」(マルコ3:14~15)。「イエス様の身近にいること、(そして)福音を宣べること、悪霊を追い出す権威を持つこと」、それが弟子の為すべき仕事として記されています。また「マルコ福音書」でイエス様が天にお帰りになる前に言われたのは、「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)という言葉でした。
 FEBCのラジオの放送で、ある牧師のお証しを聞きました。その先生は教会の中で色々な問題に出会うわけですが、でもその時に「聖書の御言葉がどんなに力強いものかを改めて知った」と言っておられました。また教会の人を慰めたくても、慰める言葉がない。その時に「聖書の言葉が人に慰めを与える力を持っていることを改めて知った」と言っておられました。私はその放送を聴いて、私自身もう一度「生ける神の言葉」を慕い求めるような思いを与えられました。「イエス様の身近にいる」とは、「御言葉の近くにいる」ことでしょう。御言葉は、キリスト者が前に進んで行くための唯一の武器です。弟子は、御言葉の近くにいて福音を宣べ伝えるのです。それが、教会が(私達が)イエス様に委ねられている仕事なのです。
もちろん「自分の信仰を守って生きる、それだけで精一杯」という気持ちになることがあります。「これ以上『伝道しなさい』等と言ってくれるな」と、そういう思いにもなります。またこの異教社会の中で、どうやって伝道して行けば良いのか、途方にくれることもあります。しかし、私達が今「信仰を持つことが出来たことを喜び、感謝して生きている」、その背後には、私達に(あなたに)信仰を伝えてくれた誰かがいたはずです。誰かが労してくれたはずです。誰かが祈ってくれたはずです。(私にも長い間、祈って下さった方があります)。そうやって私達は、信仰をただもらったはずです。「あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい」(マタイ10:8)。今度は、私達が伝えなければならないのではないでしょうか。
「アルファ・コース」のガンベル先生がこんな話をしていました。先生に長男が生まれた時、彼は前もって作っておいたリストに従って順番に電話をかけて「誕生」のニュースを伝えました。ところが、3番目のくらいの人から後の人は、彼が電話をした時には、もう知っていたというのです。最初に電話をもらった人が誰かに電話をして、誰かが誰かに電話をして、そのニュースは広がって行った。彼が言うのです。「同じように、もしキリスト教が福音―(喜びの知らせ)―であるなら、伝えるのが当たり前ではないか」。森繁さんも「本当に信じているなら、伝えるのが当たり前だと思う」と言いました。また彼は「伝える中で信仰が育てられて来たように思う」とも言いました。具体的に「何か出来る、出来ない」ではなくて、この個所が語るのは、そのことを私達の「信仰生活の目的」として置かなければならないといことではないでしょうか。そして、それはまた「教会の歩みの中心にもそれが据えられなければならない」ということだと思います。
確かに難しいです。自分が信仰を持って歩くだけでも大変です。しかし、だからこそ、権限(権威)が与えられているのです。悪霊を追い出す権限とは―(難しい話ですが)―私達を攻撃して来る、私達の働きを邪魔して来る悪と闘う権限を、罪と闘う権限も、与えられているということではないでしょうか。私は、ある時「悪霊の攻撃を受けている」と強く感じた時期がありました。その時、あるカウンセラーの方と話をしました。彼女によると、色々な教会が、またキリスト者が、悪の攻撃を受けていると感じる経験をしていると言うのです。そして、悪霊払いとか、色々なことを、教会はしているようです。私が感じたのは、教会は、信仰者は、イエス様に守られている、ということです。悪霊は攻撃して来るかも知れない。私達の働きを邪魔してくるかも知れない。しかし、「主は強ければ、我弱くとも、恐れはあらじ」と讃美歌にある通り、私達は、イエス様に寄り縋って、助けて頂いて、そこを通って行くことが出来るのです。
 35節に「家の主人がいつ帰来るか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、わからない…」(35)とあります。ここで時が4つに区切ってあります。昔の見張りは、こういう様に交代して見張りを続けたのです。私達の教会もある時、「祈りの課題」のために、連鎖祈祷をしました―(「何時から何時は誰、何時から何時は誰…」と時間を分けてそれぞれに受け持って祈りました」)。似たようなことではないでしょうか。私達も1人でこの働きに心を配り続けることは出来ない。一緒に礼拝して、一緒に霊の糧を頂いて、与えられている権威を確認して、皆で力を合わせて、イエス様に割り当てられた仕事に勤しみながら再臨を待つのです。誰一人「私には仕事は割り当てられていない」と思ってはいけないのです。37節に「わたしがあなたがたに話していることは、すべての人に言っているのです」(37)と言われている通りです。「すべての人」が期待されているのです。
こんな話があります。「イエスが天に帰られた後、天使の長が訪ねました。『あなたの仕事はどうなりますか』。イエスは言われました。『私はペテロ達に私のことを伝えるように頼んだ。他の人々はさらに別の人々に伝え、また別の人々は、最も遠くの地に居る人々まで伝えて行くだろう』。天使長は言いました。『ペテロ達の後の人々があなたのことを他の人々に伝えなかったらどうするのですか』。イエスは答えられました。『私は彼らを当てにしています』」。(あなたも、私も、イエス様から当てにされているのです)。
その仕事を、イエス様が来られるまで―(イエス様にお会いするまで)―続けるのです。イエス様がいつ来られるのか、分らない。でも分らなくても良いのです。私達はそのことは、父なる神様に委ねて行けば良い。委ねて自分達に与えられている仕事に勤しむのです。
 

2.信仰生活への適用~弱さをもって証しに励む

 この個所から「適用」というか、「具体的なあり方」を少しお話ししたいと思います。(私事になるかもしれませんが、ご容赦下さい)。
初めにカナダの歯医者さんのお話しをしましたが、私にはこんな経験があります。ある時、その歯医者さんから電話が掛って来ました。「今、家に日本人が来ているから、あなたはすぐに来て福音を伝えなさい」という電話でした。とりあえず行きました。広い家の庭に面した部屋にその方と私と2人きりにされて、「2人きりにしたから、さぁ、話しなさい」と仰るのです。  
初めて会った方です。その方のことを何も知らない。何を話せばよいでしょうか。私は、何を話して良いか分からなかったので、そして鬱で入院して、退院間もなかったこともあって、鬱で入院した話をしたのです。苦しかったこと、しかしそこで神様に触れて頂いたこと、そんなことを話しました。そうしたら、熱心に聞いて下さったのです。たった1度の出会いでしたが、その方はアメリカ在住の日本人で、1年後にもう1度カナダに来られ、教会に来て下さいました。その時、その方はクリスチャンになっておられました。私が何かとした、ということでは決してありません。むしろ、自分の弱さ故の恥かしい話をしたのです。(ある時などは「クリスチャンは強いと聞いたけど、クリスチャンも鬱になるのですな」と言われて、神様に申し訳ないような、恥ずかしい思いをしたこともあります)。しかし、私は思いました。私達が神様を経験させて頂くのは、もしかしたら自分が弱い時ではないでしょうか。いかに、神様なしではやって行けないか、あるいは、どんなに神様が憐れんで下さったか、そういう証をして行けば良いのではないでしょうか。(もちろん、一例ですが…)。
先日、ある方からメールを頂きました。ある冊子の中にあった1人の牧師のエッセイを取り上げて、「あなたにも読んで欲しい。もし持っていなかったら持って行くから」と書いてありました。その冊子は、私のところにも届いていましたから、私もすぐに読みました。 それは1人牧師が鬱を患った証しでした。「私は1か月ほど入院しました。生きていることの1分1秒が辛くて、のたうち回るような感情が数か月続きました…」、そのように書いてありました。しかしその先生は、「その神様に祈らざるを得ない状況の中で『祈る』ということを学んだ」と証ししておられました。
私達は弱い存在です。しかしその弱さを語る時、私にメールを下さった方が心に迫られるものを感じられたように、そこに働かれる神様をお証し出来るのではないかと、そんなことを改めて思わされたことでした。
しかし、その時に大切なことが2つあると思います。1つは、先程も申し上げましたが、「御言葉の近くにいる」ことです。鬱を患われた先生も、癒しの過程で、御言葉を1つ、心の中で反芻することを続けられた、とありました。私は、先日「アナバプテスト・セミナー」で話をしたのですが、アナバプテスト・メノナイトが、迫害の中でも立って行った、広がって行った、その1つの理由は、聖書の学びです。普通の主婦が、カトリック、プロテスタントの第1級の学者と互角に議論が出来たというのです。聖書の言葉で議論したのです。これも申し上げた通り、信仰者の唯一の武器は、聖書の言葉です。神に割り当てられた仕事(働き)をして行くためには、自らが御言葉に支えられ、励まされて行くことが大切だと思います。
もう1つは、「福音を宣べ伝える」ということは、結局は「『神の愛を伝える』ということなのではないか」と思わされるのです。神の愛をどうやって伝えることが出来るのか。もちろん、「言葉で語る」ことも大切です。しかし「言葉で語る」その根底には「その人に仕える」という観点がなければ、神の愛を上手く伝えることは出来ないのではないかと思うのです。ある時、ある方が「私達に出来るのは、ただ身を低くして、証を立てて行くことだけです」と言われましたが、正にそういうことだろうと思うのです。これもアナバプテスト・メノナイトの話になりますが、権力者が彼らを迫害していた時代、しかし一般の人達は、アナバプテスト・メノナイトの生き方を見て、彼らに心を開いて行くのです、彼らを受け入れて行くのです、助けて行くのです。御言葉と、謙遜な、愛と憐れみと平和な生き方、そこに支えられた証しを、神様が用いて下さるのではないでしょうか。
私は、臆病です、力なき小さい者です。自分で良く知っています。しかし、臆病な者、力なき者にも、神はそれに見合った仕事を委ねて下さると思っています。例えば、家族に接する中においても、「福音を伝える」、その思いを心の中心に置く時、神は、私達に「仕えること」に生きることが出来る権威(権限)を与えて下さるのではないでしょうか。心の中の悪(自我)と闘い、「低き」に立つ権威(権限)です。弱さも何もも、全てを主に委ねて、主が来られる時まで、主にお会いする時まで、いつ主にお会いしても良いように、割り当てられている「主の仕事」に生きて行きたいと願います。やがてイエス様が言って下さいます。「よくやった。良い忠実なしもべだ」(マタイ25:21)。
 

聖書箇所:マルコ福音書13章28~31節  

 良い新年をお迎えのことと思います。今年もよろしくお願い致します。
さて私は「Menno’s Rein(メノーの手綱)」というドラマ―(メノナイト500の歴史を1時間くらいにまとめたビデオです)―が好きで、大きな影響を受けたのですが―(これは申し上げて良いのか悪いのか…昨年「アナバプテスト・セミナー」の準備をしているとき、その「Menno’s Rein(メノーの手綱)」が、YouTubeにアップされているのを見つけました)―その中にこんなシーンがあります。「アナバプテストが隠れて住んでいるアルプスの小屋に皇帝の兵がやって来ます。そして『アナバプテストを匿うと処罰を受けるが、告発したら懸賞金が出るぞ』と脅して去って行きます。その家の天井には、追われていたアナバプテストの家族が隠れていて、兵士が去った後、皆で食事をします。その時、家の主人が隠してあった聖書を、宝物を触るように取り出して、仲間の1人に渡します。その人が、聖書を開いて御言葉を読むのですが、御言葉に触れて、何とも言えない喜びの表情をするのです」。「あんな思いで聖書の言葉に触れているだろうか」と思わされる場面です。キリスト教は「言葉の宗教」だと言われます。何にもまして信仰の中心は「聖書の言葉」であるべきです。皆さんは、今年どれくらい聖書を読まれたでしょうか。今朝はタイトルを「主の言葉は滅びず」としました。ここには、御言葉の大切さが語られています。今朝も「内容」と「適用」に分けてお話します。
 

1:聖書の内容~主の言葉は決して滅びない

「終末」に関するイエス様の説教が続きます。13章の初めで、弟子達がエルサレム神殿を見ながら言いました。「先生。これはまあ、何とみごとな石でしょう。何とすばらしい建物でしょう」(13:1)。その時にイエスは「神殿もやがて滅びるのだ」と言われました。弟子達は驚きました。そして「この神殿さえも崩壊するようなことがいつ起こるのですか」と聞きました。そこから「終末」についての長い説教が始まりました。
今日の箇所は、3番目のまとまりになります。前回は「イエスが、この時から40年後―(紀元70年)―に起こるローマ軍による『エルサレムの占領、破壊、神殿の破壊』の出来事と、やがて終末時代の最後に起こる出来事、この2つのことを見ながら、それを1つの言葉で預言された」ということを学びました。今日の個所も、基本的には「終末時代の終わりの大患難時代の出来事」、それに続く「イエスの再臨の出来事」に焦点が当てられていますが、しかしそこにも紀元70年に起こる辛い出来事が意識されている、そのようなことを念頭に読むと分り易いと思います。
 そうした時、イエスは28~29節で「いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります。そのように、これらのことが起こるのを見たら、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい」(28~29)と言われました。「これらのことが起こるのを見たら」、まず「これらのこと」とは何でしょうか。それは、イエスが13章3節から語って来られた「終末時代の終わりに何が起こるか」ということです。前々回も申し上げましたが、イエス様の十字架と復活の後、聖書の理解では「終末時代」に入っています。今は終末の時代です。その終わりに起こることです。6節には「惑わす者が現れる」とあります。7節には「戦争の騒ぎや戦争の噂を聞く」とあります。8節には「民族間、国家間の争いと、地震や飢饉が起こる」とあり、9節では「キリスト者が信仰の故に憎まれる」とあります。あるいは14節には「憎むべき破壊者が立ってはならない所に立つ(立って破壊を始める)」とあります。イエスが言われたことをピックアップすると、そういうことです。そういうことが起こるのを見たら「人の子が戸口まで近づいていると知りなさい」(29)と言われる。「わたしの再臨が間近に迫っていると悟れ」と言われるのです。
しかし、では「それはまだまだ先のことだ」と思って良いかというと、今、私がピックアップしたようなことは、終末時代の終わりに起こる出来事であると同時に、一方では紀元70年に、あるいは初代教会の時代に、あるいはそれ以降の歴史の中で、既に起こったことです。ということは、今、私達の時代にも、いつ再臨が起こってもおかしくないということなのです。ある学者は「1948年のイスラエル建国以降、いつ再臨が起こってもおかしくない、条件は全て整った」と言います。イエスは言われました。「これらのことが全部起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません」(30)。ということは逆に言うと、「これらのことが起こったら、この時代は過ぎ去る(滅び去る)」ということです。「この時代」というのは、この御言葉を読む人にとっての「この時代」であり、私達にとっては、今のこの時代です。その意味で私達は、いつ天地が滅びるか分らない、いつそれが起こってもおかしくない時代に生きているのです。(新年早々、相応しくない話かも知れませんが…)。
そして31節でもイエスは「この天地は滅びます」(31)と言われます。「天地」とは「天地万物」のことですから、そこには私達も含まれます。全てのものは滅びる。そう考えると、恐ろしいことを言っておられる気がします。なぜ、天地は滅びるのか。先週も申し上げましたが、それは「世に対する裁き」なのです。この世には不正があり、恐ろしいほどの悪があります。私達はウクライナ戦争にも理不尽なものを感じます。どこかで裁きを期待する思いがあります。人間の歴史は、そう言ったものを抱えながら流れています。しかしそれに対して何の決着もつけられないで、どこまでもズルズルと流れて行くわけではないのです。必ず神がそのような出来事の全てに決着をつけられる時が来るのです。「天地が滅びる時」というのは、神様の側から言えば「世に対する裁きの時」なのです。
しかしこの個所の最初で、イエスは「いちじくの木から、たとえを学びなさい。枝が柔らかになって、葉が出て来ると、夏の近いことがわかります」(28)と言われたのです。患難時代、苦しみの時代、悲しみの時代、それはいわば冬の時代です。冬のような苦しみが起こる。ユダヤの冬は雨の季節です。しかし自然の営みにおいては、そのような寒い雨の季節は、しかし春に続き、夏に続くのです。ユダヤの春はごく短いそうです。「春はたった一晩、一晩過ぎるともう夏になる」と表現した人がいるくらい春は短い。だからイエス様は、春を通り越して「夏が近い」と言われます。でもその夏は、実りの季節なのです。喜びの季節です。力みなぎる季節なのです。イエスは「天地は滅びる」と断言されますが、しかし「その時に喜びの季節が始まるのだ」と言われるのです。その意味でこの預言は、恐怖を与えるための預言ではありません。むしろ希望を与えるためのものです。
しかし、どうして「天地の滅び」の中に「喜び」を見出せるのか。全てが滅びる時に滅びないものがあるのです。「しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません」(31)。イエス様の言葉は滅びない。つまり「イエスが語られたこと、イエスが預言されたこと」は滅びないのです。その「滅びないイエスの言葉」に私達の魂がしっかり繋がっている限り、その滅びの出来事は、そこを突き抜けて新しい世界の始まる時になるのです。「新約聖書」は、「再臨の時」について信者に次のような希望を語ります。イエスは言われました。「わたしが(父の家に)行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです」(ヨハネ14:2~3)。再臨は、主が私達を迎えて下さる時であり、その時、イエスは、私達の魂と共に肉体も救って下さる。パウロは言いました。「私たち自身も…私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます」(ローマ8:23)。その時イエスは、ご自身の栄光の体に見合うように私達の体も変えられる。つまり世の滅びは、御言葉に繋がっている者にとっては、「新しい者」に変えられる機会となるのです。朽ちるものは、朽ちないものを受け継ぐことは出来ないのです。私達は朽ちないものに変えられなければならない。その変えられる時なのです。そしてそれはまた、御言葉に繋がっている者にとって、私達が地上でどう生きたのか、どう天に宝を積んだか、どう忍耐したのか、どう愛したか、そういうことに対する報いを頂く時でもあるのです。その意味で、希望の時なのです。このことをCSルイスは次のように表現しています。「その時、全宇宙は夢のように溶け去り、何かが――われわれがかつて思い浮かべたこともないような何かが――すさまじい勢いで押し寄せてくるのである。それは、ある人達にとってはあまりにも美しく、他の人達にとってはあまりにも恐ろしいものであって…それは、あまりにも圧倒的なものなので、すべての人間に、抵抗しがたい愛か、さもなければ抵抗しがたい恐怖を叩きつけずにはおかないだろう」。やがて、イエスが扉を開けて入って来られるのです。 
だから23節に「気をつけていなさい」(23)とありました。「気をつけていなさい。目を開けてみるべきものを見ていなさい。耐え忍びなさい。しっかり立ちなさい」、そう言われ、さらに今日の個所でイエス様は、数十時間後に迫ったご自分の十字架を見据えながら「私は十字架につく、しかし私は甦りの命に生きる。そしてまた帰って来る。たとえ私が見えなくても、私はすぐ戸口に来ている。それを信じて生きて行きなさい」、そのようなメッセージを込めて、励ましを与えようとされていると思います。だからこそ私達も、いつイエス様が扉を開けて入って来られても良いような、再臨に備えた生き方を忘れてはならないと思うのです。
 

2:信仰生活への適用~滅びない御言葉に生きる

 この個所が私達の信仰生活に語る一番のことは、「御言葉に生きる」ということです。天地は滅びる。私達が頼りにしているように見えるものは、やがて全て滅びるのです。ある落語家が自分の経験を語っていました。彼のお父さんはブリキ職人で、家には神棚を飾って朝晩拝み上げていました。朝には「今日も一日よろしくお願いします」と拝み、夕には「一日やらせて頂きました。ありがとうございました。明日もよろしくお願いします」と拝み上げていた。ところが大阪に大空襲があり、爆弾や焼夷弾が落ちて来た時、真っ先に倒れて落ちて来たのは、頼りにしていた神棚の神様だったというのです。「神様だから、もう少し頑張って欲しかった」と彼は言っていました。彼にとって「頼りにしていたものが全く頼りにならないものであったこと、頼りにならないものを頼りにしていたことを見せ付けられた瞬間だった」のではないでしょうか。
しかし私達も笑えない。なぜかというと、世の全てのものが滅びる中で「唯一滅びないものは私の言葉だ」とイエスは言われる。だからこそ、教会では毎週、御言葉が読まれます。私達は、聖書を読み、御言葉に触れるように奨められます。でも私達は、イエスの言葉にどれだけ頼り、どれだけ御言葉に生きているだろうか、それが問われるのではないでしょうか。唯一つ滅びないもの、私達を救うものは、主の御言葉だと信じるなら、私達はその御言葉を生活に引き入れ、生きる現実に引き入れ、心に、魂に、御言葉を沁み込ませ、私達のどこを切っても御言葉の香りが匂い立つ、そういう信仰生活をしたいと願わされるのです。イエス様は、悪魔の誘惑を受けられた時、「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる」(マタイ4:4)と言われました。そういう生き方をしているだろうか。ある時、ある所で「私はクリスチャンだ」とおっしゃりながら、「聖書の御言葉に全く興味がない」という感じの方にお会いしました。クリスチャンをクリスチャンにするのは、もちろん聖霊の働きですが、でも具体的には聖書の言葉です。その方はそれがありませんから、結局、自分の常識だけで信仰生活をなさっているように見えました。そうしたら、神を知らない方とあまり変わらない。神と交わることも難しいのではないのかなと、私は思いました。
 私達は神の言葉に生かされなければならない。そして、神の言葉に繋がることは、再臨の時だけではない、今も私達を様々に救うのです。「わたしの言葉は滅びない」とはそういう意味でもあります。御言葉は、今も生きて働くということです。「アポロ13号」の話を良くご紹介しますが、月に向かっていたアポロ13号は、途中で酸素ボンベが爆発するという大事故を起こします。宇宙船としては致命的な事故で、飛行士が生きて地球に帰れる可能性はほとんど無いという事故でした。しかし3人の飛行士は帰って来るのです。彼らが帰って来ることが出来た理由が色々ありましたが、一番大きな理由として飛行士達が言い、回りの人々が認めるのは、飛行士達が諦めなかったことです。なぜ、彼らは諦めずに希望を持ち続けることができたのか。彼らは宇宙船の中で聖書を開いて「神は真実な方です。あなたがたを耐えることの出来ないような試練に合わせることはなさいません。むしろ、耐えることができるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます」(1コリント10:13)という言葉を読んだのです。そして、この言葉を握って「神は必ず私達を脱出させて下さるに違いない」と信じたのです。酸素も電気もなくなって来る、寒さが増す、死が現実に迫って来る、そのような暗やみの状況の中で、神の言葉によって励まされ、希望を与えられ続けたのです。私がこの話が好きなのは、御言葉が現実に私達を生かすということを教えられるからです。神の言葉は命の言葉ですから、信じる者の心の内部に命として入り込んで、神の命を発電する、私達の中にエネルギーを作ってくれる、私達の生涯を活性化してくれる、そして生きる力を作ってくれるのです。御言葉には力があるのです、私達を生かす言葉であり続けるのです。
いずれにしても、この個所は私達に「キリスト者とは、御言葉に生きる人、御言葉に生かされる人、そして御言葉に導かれて行く人である」ということをチャレンジするのです。それが、やがてこの世にどんなことがやって来ても、それに備えるための唯一の方法なのです。どんなに熱心でも、御言葉に結びつかない信仰は、やはり弱いと思います。
しかし、私は今日「御言葉と共に生きて行きましょう」ということだけを言いたいのではないのです。何と言って良いか、言い方が難しいのですが、もう一歩踏み込んで、御言葉にとらえられる、御言葉に生きざるを得ないほどにとらえられる、そのような信仰生活であることが出来ればと、それが、私達が最終的に求めて行く姿ではないかと思うのです。
 教会暦では、まだ降誕節が続いていますが、こんな話があります。
クリスマス夜、1人の女の子が刑務所にやって来て守衛さんに言いました。実は女の子のお父さんは、犯罪者として捕まえられていたのです。「おじさん、お父さんに合わせて下さい」。「ダメだ。とっくに面会時間は過ぎている。明日来なさい」。「お父さんにクリスマスプレゼントを渡すだけなんです。明日になればクリスマスは終わってしまいます。お願です」。とうとう女の子は泣き出してしまいました。そこに所長が通りかかり、可哀そうに思った所長は「おじさんがそのプレゼントをお父さんに渡して上げよう」と言ってプレゼントを受け取りました。実はその女の子のお父さんは、手の付けられない囚人でした。乱暴で刑務所の規則なんか守らない囚人でした。所長からプレゼントを受け取ったその男は、リボンをほどきました。中に1枚の紙切れがありました。「大好きなお父さんへ。お父さんが犯罪者だということが恥ずかしいといって、お母さんは家を出てしまいました。クリスマスに、お父さんにプレゼントを贈りたいと思いましたが、お金がありません。そこで、お父さんが優しくなでてくれた私の赤い巻き毛の髪を切りました。これを、今年のプレゼントにします。お父さん、私は、どんなに辛くても、さびしくっても、お父さんが帰ってくるまでがんばります。お父さんもがんばってください。刑務所は寒いと思います。お父さん、風邪を引かないで…」。読んで行く男の目に、どっと涙があふれました。男は、箱の中から赤い巻き毛を掴み出すと、その中に顔をうずめて泣きました。肩を震わせて泣きました。その次の日、男は、まるで別人のようになっていました。刑務所の中で、最も模範的な囚人に生まれ変わったのです。
 愛のメッセージは、本当にそれを受け取れば、私達をとらえ、私達を変え、私達を生かす土台となります。御言葉は、私達のために死んで下さった主からの、命がけの愛のメッセージです。いつでも、それが生きる土台となるような信仰生活でありたいと願います。