2022年8月 佐土原教会礼拝説教

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聖書箇所:マルコ福音書10章1~12節     

 私は「アーミッシュの赦し」の話を良くしますが、その事件を扱ったセミナーに出たことがあります。そのタイトルは「アーミッシュ・グレース―(『赦し』は悲劇をどのように変えたか)」というものでした。2006年10月2日、ペンシルベニアのアーミッシュの村の学校に銃を持った男が乱入して、5人の子供を殺し、自分も自殺しました。アーミッシュのコミュニティーにとっては測り知れないほどの大きな悲しみと嘆きでした。しかし、事件の6時間後、アーミッシュの人々は、犯人の家族の許に出かけて行って、そして「私達は彼を赦します」と「赦し」を宣言したのです。事件以上に、その「赦しの宣言」に驚いて、世界中から2500のメディヤが取材に来たそうです。特に興味深く聞いたことがあります。実はその事件の8日前にも1つの事件があって、1人のアーミッシュの子供が、33歳の女性の運転する車に撥ねられて死亡したのです。犯人は逃げました。ところが、取材に来た記者に対して、子供のお母さんはこう言ったのです。「犯人が見つかって欲しい。その人に『私は赦します』と言いたいから」。これを新聞で読んだ犯人が、自首して出たのです。子供が銃で殺された時、彼らは「赦し」を宣言しました。それは1回限りの特別なことではなかったのです。いわば、それが彼らの生き方になっていたのです。私は、深く自分の心を探られました。このことは、後にまた触れます。
 今日の個所が取り扱うのは難しい問題です。私達は、その人生において色々なところを通らされます。信仰生活は、大きな喜びや祝福の生活ですが、しかし「(所謂)ばら色」の生活ではありません。様々な試練の中を通ることがあるのです。中には「離縁」という辛い現実を通られる方もおられます。いや、私自身もその痛みを経験することがあるかも知れません。そうでなくても、勇気がなくてひたすら我慢しているだけ、というところを通るかも知れません。いずれにしても「信仰の学び」は、「私と神様の関係」を学ぶものです。「私の生き方、私の在り方」を学ぶものであり、「誰かのことを測る物差し」を学ぶわけではありません。聖書の御言葉は、決して「御言葉で誰かを裁く」ような用いられ方をしてはならないのです。いや、それどころか、「離縁」の痛みを通った方だけが語り得る信仰の言葉があると思います。日本のキリスト教の代表的な指導者の1人であった内村鑑三も、離縁を経験した人です。メソジスト教会の創始者ジョン・ウエスレーの結婚生活も、破壊的なものだったと聞きます。でも彼らは、多くの人々に大きな影響を与えました。痛みを知っているが故に、悩みの中、痛みの中にある人の心に響く「信仰の言葉」があると思います。いずれにしても、この個所を学ぶ中で「離縁」の痛みを経験された方が辛い思いをされるようなことがないようにと、心から願います。そしてこの個所は、「離縁」の問題を入り口としますが、それを越えて、全てのキリスト者に「信仰のあり方」を教える個所です。「神と私の関係」という視点で学びましょう。
 1節に「イエスは、そこを立って、ユダヤ地方とヨルダンの向こうに行かれた…」(1)とあります。イエス様は、いよいよ十字架の待つエルサレムに向かう歩みを始められたのです。イエス様は、8章34節で「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」(8:34)と言われました。エルサレムへの道は、弟子達にとっては、十字架を担いでイエス様に従い行く歩みのはずでした。しかしその歩みを始めた時に、イエス様が弟子達に語られることになったのは、「離縁についての話」であり、次の13~16節「子供のこと」であり、さらに17~31節「富についての話」なのです。いずれもその切っ掛けがあったのですが、いずれにしても「結婚関係、子供との関係、富との関係」、それは、私達の日常生活に関わりの深いことです。聖書が書かれた時代に生きた人々も、私達と同じように日常生活を送り、家庭を営む人も多かったでしょう。子供が生まれれば子育てをしたことでしょう。また生きて行くためには、ある程度の富が必要でした。それは私達の生きる現実です。「その1つ1つの現実の中で、イエス様の弟子に相応しい心持ちを持って生きて行くには、どうしたら良いのか」、それは初代教会の時代から現代に至るまで、キリスト者の変わらない問いです。そのキリスト者の切実な問いに答える意味でも、マルコはこの個所を書き残したのかも知れません。
 ことの発端は、パリサイ人の質問です。2節「パリサイ派の人々が近寄って、『夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか』と尋ねた。イエスを試そうとしたのである」(2 新共同訳)。「律法に適っているか」とありますが、律法には「人が妻をめとって、夫となったとき、妻に何か恥ずべき事を発見したため、気に入らなくなった場合は、夫は離婚状を書いてその女の手に渡し、彼女を家から去らせなければならない」(申命記24:1)と定められていました。彼らは良く知っていました。しかし論争になっていたのは、「『恥ずべき事』とは何か」ということです。ある人達は「妻の不貞だ、それ以外の理由では離縁が出来ない」と言いました。ある人達は「料理が下手だというのも理由になる、家の外に聞こえるような大きな声でおしゃべりすることも理由になる…何でも理由になる」と言いました。パリサイ人は、自分が悩んで答を聞きに来たのではない。「イエスが離縁についてどのように考えているのか」、論争になっているこの問題について口を開かせることによって、何らかの罠にはめようとしたのでしょう。
 しかし、この質問の問題は何かというと、「夫が妻を離別することは…」(2)と言っているように、当時のユダヤ社会では離婚を言い出すことが出来るのは、男だけだったということです。特別な例外を除いて、女性が離婚を言い出すことは出来ませんでした。女性は「もの」として見られていたのです。そして、ユダヤ教の中に「『恥ずべき事』とは何か」、これを緩く、緩く、拡大解釈しようとする傾向があった。それは、当時のユダヤの男性の中に「結婚の問題も、離婚の問題も、自分達の自由に考えたい、結婚したい時に自由に結婚し、離婚したければ自由に離婚したい。それなのに『申命記』の戒めがあるから自由が制限される、窮屈だ。せめてその制限をなるべく広げて、なるべく自由に思い通りに出来るようにしたい」、そういう思いが働いていたと思います。私は、洗礼を勧められた時に―(大学3年生でしたが)―牧師に言いました。「タバコは止めます。でも酒は止められません。酒は止めなくても良いですか」。(結局、たばこもすぐには止めなかったのですが…)。神の恵みは経験していました。だから、神の恵みを受けて生きたいと思いました。しかし「あれはダメ、これはダメ」と言われるのは嫌でした。「神は信じたい。でもある部分では、神抜きで好きに生きたい」と思ったのです。卑近な例で恐縮ですが、もしかたしたら似たものがあったかも知れません。そういう思いが、恐らくこの質問の背後にあるのです。しかしそれは、信仰の問題として、勘違い、間違いなのです。
 このことは、決して当時のユダヤ人男性の問題ばかりではありません。CSルイスが現代のキリスト者について、「真面目に信仰生活はしましょう、でも信者の義務を果たした後は、神に干渉されないところで自由にやりたい…そういう意識、間違った信仰生活の理解を多くのキリスト者が持っている」(CSルイス)と言うのです。ですからこの問題は、「離縁」の問題を越えて「信仰生活をどうのように考えるか、信仰生活の目標をどこにおくのか」という、信仰生活の基本に関わる問題になって来るのです。
 信仰生活の目標を理解するためには、今私達が立っているところを確認しなければなりません。私達はどのような者なのか。イエス様は言われます。「モーセは、あなたがたの心がかたくななので、この命令をあなたがたに書いたのです。しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。それゆえ、人はその父と母を離れて、ふたりの者が一心同体になるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません」(5~9)。イエス様は「『モーセの律法』が云々」を越えて、「神の御心」に人々の目を向けさせるのです。男性は、女性を「もの」と考え、自分の所有物と見ていた。しかし6節に「しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです」(6)とあるように、「神は男も女も等しく大切なものとして造られた」という、神が人をどう見ておられるか、神の前で人はどのような存在なのか、そのことを示されたのです。イエス様のポイントは、「『人との関係』を『神との関係』で考えなければならない」ということです。
 「申命記」10章に次のようにあります。「イスラエルよ。今、あなたの神、主が、あなたに求めておられることは…ただ…主を恐れ、主のすべての道に歩み、主を愛し、心を尽くし、精神を尽くして…主に仕え、あなたのしあわせのために…あなたに命じる主の命令と主のおきてとを守ることである…あなた方は…もううなじのこわい者であってはならない…主は…かたよって愛することなく…みなしごや、やもめのためにさばきを行ない、在留異国人を愛してこれに食物と着物を与えられる。あなた方は在留異国人を愛しなさい。あなた方もエジプトの国で在留異国人であったからである」(申命記10:12~19)。後半の部分に「隣人(在留異国人)を愛しなさい」という戒めがありますが、「隣人を愛する愛」がどこから出て来るのかというと、それは「主を信じ、主を愛するところから、『この人は、主が愛しておられる人なのだ』と、『主がこの隣人を愛することを求めておられるのだ』と思うところから出て来る」と言われているのです。イエス様が言っておられることも、このことなのです。「神を信じるということは、神の御言葉に心を開くことであり、神の御旨を素直に受け入れることであり、神が大切に考えておられるあなたの隣人に対して『神への愛』を持って向かうことだ」と言われる。(その人の背後にイエス様を見るということでしょうか)。そのような意味で聖書には「隣人への愛」が強調されているのです。その流れの中に「コリント人への手紙」13章の「愛の章」があるのです。「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます」(コリント13:4~7)。
 しかし、一体私達の誰が、そのような愛で家族を、隣人を愛しているでしょうか。誰にそれが出来るのでしょうか。「それが神を信じることだ」と教えられても、また頭では「それは良い」と思っても、「私達には出来ない」という現実があるのではないでしょうか。私はもう長く、「赦せない」という問題に苦しんでいます。赦さなければならないことは分かっている。しかし「ハイ」と素直に頷けないのです。なぜ出来ないのか。そこに私の罪性があるのです。神の願われるような愛に生きることが出来ない罪性があるのです。神が恵み豊かな方であることは知っています。しかし、それでもなお神の言葉に心を開き得ない、なお神の言葉に「ハイ」と頷けない罪性、頑なさがあるのです。そう考えると、人との関係も、信仰者にとっては「信仰の問題」、私達が―(と言ってよいのでしょうか)―しっかりと握り締めている罪の問題であることが分かって来ます。
 そうであるなら、私達が本当に神と和らぎ、信仰の祝福を経験するためには、「神に嫌われないように義務を果たして、その後は自分の好きなように生きる、どれだけ好きに生きることが出来るかを考える」、そういう信仰生活が、的外れなものであるかが分かります。信仰生活というのは、「神の願っておられるように生きることが出来るように、神の願っておられるような隣人との関係に生きることが出来るように」、自分が変わること、神の恵みによって変えて頂くこと、そのことが大切なことなのです、それが目標にすべきことなのです。そこに本当の祝福があるはずのです。
 以前、水曜集会で取り扱った「人生を導く5つの目的」の中でリック・ウォレン牧師は、「私達が『自由に生きたい』と思っている状態、『それは「自由」に生かされている状態ではない』」と言っています。「私達が『自由だ』と思っている状態、その本質は『自我、人の期待、お金、怒り、恐れ、プライド、欲望、エゴに動かされている姿だ』」と言っている。私達は自分の経験からもそのことを知っています。私達が「自由」だと思っている感情、それは本当に自由なのか。自由どころか、実は色々なものに振り回されて生きている姿ではないでしょうか。
 「アーミッシュ・グレース」のセミナーの中である人がこう質問しました。「彼らはその犯罪を赦した。でもそれは客観的に正しいことなのか」。難しい問題です。しかし講師によると、彼らは、第一義的には、犯人の家族のことを思って赦したのではない。彼らは「私達は自由になるために赦すのだ」と言ったそうです。もちろん彼らが「赦し」に生きようとするのは、まずイエス様がそう教えられたからです。「だから、こう祈りなさい。『…私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました』。もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません」(マタイ6:8~15)。その他、聖書の中には「赦し」に関する教えが沢山あります。彼らは、イエスの教えに従って生きようとしている。そこから「赦し」は出て来ているのです。アーミッシュの1人は言ったそうです。「なぜ『赦す』か『赦さない』かで騒ぐのか。クリスチャンだったら赦すことは、すでに決まっていることではないか」。この言葉に激しく心探られました。彼らは、イエス様に従って生きようとした結果として赦した。しかし、同時に彼らは、自分が自由になるために赦したのです。激しい憎しみに縛られて生き続けることがないように、その憎しみから解放され、自由になるために赦した。それが彼らの言い分だった。良く「絶対に赦しません」という言葉を聞きます。耐えられない痛みを負わされた方にとって、それは自然な感情だと思います。だから、私などがとやかく言えることではありません。でも「自由になるために赦す」という言葉は、言い換えれば「主の言葉に従う時に自由になるのだ」と教えているように思います。神の御心に適う生き方を求めること、神の御心に適う生き方が出来るように変えられることを求めること、それこそが私達自身を本当に自由にする生き方であり、力ある生き方であると思います。「力ある生き方」というのは、例えばこれらの事件では、それだけが「復讐の連鎖」を断ち切ることが出来るからです。子供を撥ねた犯人の心を捕らえたのも「赦し」だったです。
 しかし、そのためにはどうすればよいのでしょうか。ここで私達は、イエス様が十字架に向かって歩き始められた、その時にこの言葉を語っておられることを考えなければなりません。アーミッシュの人達は、またこうも言ったそうです。「イエス様が十字架で死んでくれた、その十字架の痛み、それを思う時に赦すことが出来た。神の助けによって赦すことが出来た。赦しの力は神から来るのです」。彼らは「迫害する者を赦すことが出来るようにして下さい」という古い祈りを、日常の祈りにしているのです。同じように私達もイエス様の十字架を思う時、十字架の上で手を広げて「あなたのために十字架に掛かっているのだよ」と言われるイエスの声を本気になって聞く時、そして十字架の赦しを受け取る時、心に働く神の霊の働きによって、私達の心は少しずつ溶かされ、私達は少しずつ変えられて行くのではないでしょうか。そして少しずつ、具体的な生活、人間関係の問題の中で「変えられる祝福」、そのことによる自由を、経験して行くのではないでしょうか。
 

聖書箇所:マルコ福音書9章42~50節     

 神学校の先生が「本物のパピルス」を見せて下さったことがあります。私達が使っている紙に比べると、厚くて、硬くて、ポリッと割れてしまいそうな、使い勝手の悪そうな「紙」でした。聖書が書かれた時代、私達が持っているような紙はありません。「パピルス」か、羊の皮をなめして作った「羊皮紙」と呼ばれる「紙」か、どちらかです。どちらも高価だったでしょう。また印刷術等もありませんから、全て手書きです。要するに誰でもが聖書を持てる、という時代ではないのです。当時のクリスチャン達は「家の教会」に集まり、そこで読まれる聖書の言葉を聞いて、覚えたのだと思います。ということは、聖書は、ある意味で「教会で読まれ、皆が覚える」、そういうことを前提として書かれている面もあると思います。覚えるために一番良いのは、連想出来るようにすることです。「4月」、「4月と言えば桜」、「桜といえば桜餅」…と連想出来るようにしておくと覚え易いです。私は高校時代、英語の単語を「連想暗記術」という方法で覚えました。連想で覚えると、いつまでも忘れないのです。
 実は今日の個所は、そのように「『連想してイエス様の言葉を覚えることが出来るように』ということを意図されて書かれている個所ではないか」と、学者達が言うそうです。前回の箇所の最期、41節に「…キリストの弟子だからというので、あなたがたに水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありません…」(41)とありました。「キリスト者に親切にする」ということです。そうすると、この言葉から、イエス様が「その逆のこと」を言われた言葉を連想することが出来ます。42節「わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は、むしろ大きい石臼を首にゆわえつけられて、海に投げ込まれたほうがましです」(42)。今度は「つまずき」という言葉が出て来ますから、「他の人をつまずかせる」のではなく「自分がつまずかないようにしなさい」と言われた言葉を連想することが出来ます。そういう具合です。なぜそのように言われるかと言うと、「全体としてテーマの一貫性」に欠けるように見えるからです。全体の主題(テーマ)、ポイントが掴み難いのです。
 ですから「そういうこともあるかも知れない」という可能性を確認した上で、しかし、「福音書」記者マルコが「1つのまとまった個所」として書いているのは、やはり彼なりの意図が、伝えたいイエス様のメッセージがあったからではないかと思うのです。そしてそれはもちろん、イエス様がそのご生涯で教えておられたことを反映するもののはずです。だからこそ、神の許しの下で、このような形で聖書に収められたのです。では、マルコが意図した全体テーマとは何なのでしょうか。
 この個所を理解するための中心的な言葉は、一番多くのスペースが割かれている「43~47節」の中の、43節「いのちにはいる」、45節「いのちにはいる」、47節「神の国にはいる」の言葉だと思います。「いのちに入る」と「神の国に入る」は、同じ意味で使われています。つまり、ここには「『神の国』に入ることの、何にもまして大切なこと」が語られていると言えます。この「『神の国』に入ることの重要性」という言葉をキーワードとして、全体をもう一度眺めてみましょう。
 42節「わたしを信じるこの小さい者たちのひとりにでもつまずきを与えるような者は…」(42)。「小さい者」がつまずくと、その人は「神の国」に入ることが出来ません。そのことは言い換えるならば、1人の人が「神の国」に入ることが、どれだけ重要かということです。しかし、他の人をつまずかせることも大問題ですが、その前に、まず自分が「神の国」に入ることが出来るようにしなければなりません。そこでイエス様は、「私達が『神の国』に入るために私達をつまずかせるものがあれば、切って捨ててしまった方が良い」と言われる。「それを切って捨ててでも『神の国』に入った方が良い、さもないと『ゲヘナ(「地獄」新共同訳)』に投げ込まれる」と言われるのです。
 ここで確認したいのは、「神の国」とは何か、「ゲヘナ(地獄)」とは何か、ということです。「神の国」の「国」という言葉は、「支配」という言葉と同じ言葉です。「『神の国』に入る」と言うのは、「日本の国に入る」というような「場所的な意味合い」ではありません。「神の支配に入る」ということです。人は「キリストの十字架を『自分のためであった』」と信じることによって「神の御手の中」に、「神の保護下」に入って行くのです。そして、その「神との関係」が私達を守って行くのです。私達は、やがて死を迎えます。生と死の間には、激しい断絶があります。こちらから死の世界へ手を伸ばすことは出来ません。だから、私達は死を恐れます。しかし、神との関係にあれば、神は生も死も支配しておられる方ですから、神との関係が私達を「死の滅び」から守って行くのです。その意味で「(永遠の)いのちに入る」ことなのです。それは「天の御国」に続いて行くものなのです。私達は、ここ3年あまりの間に何人もの兄弟姉妹と地上の別れを経験しました。しかし、ご葬儀のたびに「この方は天国に行かれたのだ」と、私達には確信が与えられます。神様が、そう語って下さるのです。だから、葬儀は悲しみですが、希望の時でもあります。いずれにしても、だから「神との関係に入ること」が大切なのです。
 一方、「ゲヘナ(地獄)」ですが、これはもともと、エルサレム城外にある「ベン・ヒノムの谷」のことでした。ヘブル語の「ベン・ヒノム」をギリシャ語に直すと「ゲヘナ」になるそうです。「旧約」の時代、イスラエルの悪王達は、「バアル」という偶像の神を拝み、バアル信仰のしきたりに従って、自分の子供を焼いて神に捧げる、ということをしました。「子供を捧げる」というのは、当時、他宗教においては広く行なわれていたことです。真の神に背いた王達がそれを行なったのが、「ベン・ヒノムの谷」でした。聖書の神は「子供を捧げる」等という行為を厳しく戒めておられます。さらに「そんなことをする者を裁く」と言われます。そこから「ベン・ヒノムの谷」は、「神の裁き」を象徴する場所となりました。後には、その場所はエルサレムのゴミ焼却場となり、ゴミを焼く火が絶え間なく燃えている場所となりました。そして、その「神の裁きの象徴」であり、また「絶え間なく火が燃えている『ベン・ヒノムの谷』」の名前は、特定の場所を示す以上に、「神の裁き」そのものを意味する一般名詞になったのです。「神の国」が「神との関係」を表すように、「ゲヘナ(地獄)」も「神の裁き」という状態に主眼が置かれた言葉なのです。「神の裁き」の下にあれば、当然、「永遠のいのち」に入ることは出来ないのです。
 イエス様は、「人は、『神に裁かれる状態』ではなく、『神の御手の中に入り、神との良き関係の中で生きること』、それが何よりも大切で、何を失ってでも、それを自分のものに、人生の目的にしなければならない」と言われるのです。
 しかし、こう言われる時、イエス様は具体的には、何をイメージしておられたのか。そこで思い出さなければならないのが、このイエス様の言葉は、元々、弟子達の「誰が一番偉いか」という論争から始まっているということです。イエス様は、この個所の最後で「そして、互いに和合して暮らしなさい」(50)と言われました。つまり、「誰が一番偉いか」とお互いにピリピリ競い合っているような状態は、本来、神の支配に入っている状態ではないのです。CSルイスも「人間の最大の罪はプライドだ」と言っています。プライドから、妬みや、僻みや、自己中心や、裁きや…そのようなものが出て来るのではないでしょうか。そのプライドに支配され、プライドに振り回されて、お互いに和合出来ない状態は、「神の御手」の中から飛び出して、自分を「神の裁き」の下に置くような状態なのです。私達に人間関係の問題をもたらし、私達が「神の国(支配)」に入ることを妨げている一番のもの、それは恐らく「プライド」です。私達は天国について、どのようなイメージを持つでしょうか。皆が優しく労わり合い、憐れみ合い、心から愛し合う、そういう恵みに満ちた世界を想像します。「天国に行ったら、右と左に分かれて争っていた」、そんな天国なら、永遠に暮らすのが、なぜ楽しいでしょうか。「神の国」は平和です。「神の国」は和解です。「神の国」は仕え合いです。だから、イエス様がここで言わる一番のことは、私達の中に、その平和、和解、和合、「神の国」の特徴を壊すものがあれば、それを切って捨ててしまいなさい、ということです。「誰が一番偉いか」等という論議は、最も「神の国」から遠い論議なのです。
 でも、そのためにはどうすれば良いのか。イエス様は「地獄では蛆が尽きることも、火が消えることもない。人は皆、火で塩味を付けられる」(48~49新共同訳)と言われます。「火で塩味をつけられる」とはどういうことでしょうか。「コロサイ書」に「いつも、塩で味付けされた快い言葉で語りなさい。そうすれば、一人一人にどう答えるべきかが分かるでしょう」(コロサイ4:6)とあります。「塩味をつけられる」ということは、「神の国」を生きる者の特徴として使われる言葉です。しかし「火」とは、何を意味しているのでしょうか。これは、私達にやって来る様々な試練かも知れません。人は、確かに試練によって清められます、導かれます。カナダで開拓伝道を始めた頃、教会会議の伝道委員会の人達と一緒に食事をしながら交わったことがありました。1人の高齢の兄弟が自分のことを話して下さいました。彼は、戦後すぐに旧ソ連(ウクライナ)からカナダに移住して来た人でした。旧ソ連では、メノナイトの人達は大変な迫害を経験しました。彼は言いました。「ある日、コミュニストが家にやって来て、私の父を連れ去った。父は2度と帰って来なかった」。こういう事件が沢山あったのです。しかし彼は、その辛い話をにこやかな表情で話すのです。私は、その人の中に「もう何があっても揺れない『樫の木のような信仰』」を感じたのを覚えています。CSルイスは言いました。「もしも世界が実際に『魂をつくる谷』であるならば、世界は概してその仕事を良く果たしているように思われます」(CSルイス)。それを思う時、神が私達に試練がやって来るのを許しておられる、それが理由の1つかな、とも思います。
 しかし、48~49節の「火」は、良く読むと「地獄の火」を意味していることが分かります。その言葉通りの「地獄の火」を、私達は経験していません。でも「地獄の火」を経験された方がおられます。イエス様です。イエス様は、私達に代わって「神の裁きの火」を経験して下さいました。その意味で「地獄の火で塩味をつけられる」というのは、「十字架によって…」ということではないでしょうか。水野源三さん―(子供の頃の脳性麻痺で、生涯、瞬きしか出来なかった方ですが、瞬きを使って神様を讃美する素晴らしい詩を作り続けた方です)―がご自分の信仰を証する詩を書いておられます。「もしも私が苦しまなかったら、神様の愛を知らなかった。もしも多くの兄弟姉妹が苦しまなかったら、神様の愛は伝えられなかった。もしも主なるイエス様が苦しまなかったら、神様の愛はあらわれなかった」(水野源三)。しかし水野さんは、イエス様の苦しみが自分のためであったということもしっかりと受け止めておられます。「ナザレのイエスは…本当に知らないと、私も叫びました、私も叫びました、主よ主よ、ゆるし給え。ナザレのイエスを…十字架につけよと、私も叫びました、叫びました、主よ主よ、ゆるし給え。ナザレのイエスよ…そこから降りてみよと、私も叫びました、私も叫びました、主よ主よ、ゆるし給え」(水野源三)。そして、その自分のためにイエス様に死んでもらった者としての生き方も、詩に書いておられます。「主よ、あなたが十字架にかかって愛しておられるあの人を、愛のない私も心から愛させてください」(水野源三)。つまり、「イエス様が十字架にかかられた」、その思いを、私達が本当に受け止めようとする時、十字架の火は、私達に塩味をつけて行くのではないでしょうか。つまらないプライドにこだわっている
 私達が、和解へ、和合へ、導かれて行く。それはつまり、私達の心が神の支配の中にもう一度引き入れられて行くということなのではないでしょうか。
最後に、淵田美津雄という方の書かれた「真珠湾からゴルゴダへ」というお証を紹介して終わります。十字架で塩味をつけられるということを具体的に教えてくれる証しです。淵田美津雄という方は、日本軍の真珠湾攻撃の爆撃隊長をしていた方です。日本が負けて戦犯を裁く裁判が始まりました。彼は旧海軍の軍人として「軍事裁判は、勝者が敗者に対して行なう復讐だ」と怒りと憎しみを燃やしていました。そんな時、アメリカ軍の捕虜になっていた日本兵から不思議な話を聞きます。日本兵が捕虜として収容されていたキャンプに、いつの頃からか1人のアメリカ人の若い女性が現れるようになり、日本兵に何かと親切をしてくれるようになりました。あまりの親切に心打たれ、また不思議に思った彼らは、「お嬢さん、どうしてそんなに親切にしてくれるのですか」と尋ねました。彼女はやがて答えました。「私の両親が日本軍によって殺されましたから…」。話はこうでした。彼女の両親は、宣教のためにフィリッピンにいましたが、日本軍がフィリッピンを占領したので難を避けて山中に隠れました。やがて3年後、アメリカ軍の逆上陸によって日本軍が山中に追い込まれました。そしてある日、その隠れ家が発見されて、日本軍はこの両親を「スパイだ」と決めて、「斬る」と言いました。両親は「私達はスパイではないが、どうしても斬るというのなら、支度をしたいから30分の猶予を下さい」と言いました。そして与えられた30分で、聖書を読み、祈り、斬られて行ったのです。アメリカでその話を聞いた彼女は、悲しみと日本軍に対する怒りで胸は張り裂けそうでした。しかしある時、彼女は「両親は殺される前の30分間に何を祈ったのだろうか」と考えました。その時に、彼女の心は憎しみから人間愛に変わったというのです。
 淵田さんは「美しい話だ」とは思いましたが、良く分からないものがありました。そんなある日、渋谷駅の前で1人のアメリカ人が道行く人々にパンフレットを配っているのに出くわしました。「私は日本の捕虜でした」と題してあり、中には「『獄中で虐待されている時、人間同士がなぜこうも憎み合わなければならないのか』と考え、『人間相互の憎み合いを兄弟愛に変える』というかつて聞いたキリストの教えに心が向き、聖書を調べてみようという不思議な欲求に捕われた」とありました。同じ心境だった淵田さんは、心が動き、聖書を買って読んで見ることにしました。読んでいるうちにぶつかったのが、キリストの十字架上の言葉でした。「父よ、彼らを赦したまえ、その為す所を知らざればなり」(ルカ23:34)。その言葉に出会った時、淵田さんは、あのアメリカ人の若い女性の話が頭にひらめきました。彼女が斬られる前のご両親の祈りをどう理解したか、それが分かったのです。「神様、今日本の軍隊の人達が私達の首をはねようとするのですが、どうぞ彼らを赦して上げて下さい。この人達が悪いのではありません。地上に憎しみや争いが絶えないので、戦争などが起こるから、このようなこともついてくるのです」。そこに思い至った時、淵田さんは目頭が熱くなり、涙が溢れ、そしてキリスト教信仰に踏み出すのです。
 私達の信仰生活を導いて行くのは、十字架を思うことではないでしょうか。主はどのような思いで、私のために十字架にかかられたのか。主は、私がどのように生きることを願い、十字架にかかられたのか、それを忘れないことだと思います。それを思うことが、私達を「神の国」に導き直します。それを思うことが、私達が誰かを躓かせることから守ります。私達は、もう一度、私の「いのち」のために十字架に架かられたイエス様の願いに、その十字架を見守られた神様の願いに、思いを致したいと思います。そしてそれを大切にして「神の国」の中を歩いて行きたいと願います。